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0から1になる時

作者: 楠木あいら

「あーあ、退屈。平和なのはいいけれども、暇すぎる。何か起きないかなぁ」


 週半ばの登校時、望未(のぞみ)はため息をついた。


「だったら、扉をノックして契約を成立したらいいんじゃない?」


 小学校からの長いつきあいである友人の返答は、望未の予測できないものだった。


「は?え?……えーと、和羽(かずは)ちゃん?もしかしてインフルエンザ?」


 望未は友人のおでこに手を当てたが、高熱は感じられない。


「望未、知らないんだ」


 和羽はニヤリと笑った。

 望未は知っている。友人のこの笑いは、どんなに懇願しても決して教えてくれない、たちの悪い笑みである事を。


「和羽ちゃんの意地悪。いいよだ、自分で調べるから」


 望未はカバンからスマホを取り出し検索サイトに『扉をノックして契約を成立』と素直に打ち込んだ。歩きながらのスマホ操作は大変危険なため、皆様はやらないように、お願いします。



「うわっ、ネット百科にもある。えーと」


 望未は画面を無言で見つめた。画面には


 扉をノックして契約する


 ただ、それだけしか載っていないのだから。


「何これ、新手のイタズラ? というより、和羽ちゃん知ってたし……ネット百科は書き込む事ができるから、もしかして、これ和羽ちゃんがやったの?」

「そんな訳ないでしょ」


 友人の冷たい声での即答に、今まで一度も嘘をついたことはない。


「じゃあ、何なのよ」

「扉をノックすれば、済む事だ」


 望未たちの後ろで声がした。


「扉をノックすれば、退屈な日々は終わる」


 声の主は、更に付け加えて追い抜いていった。

 突然の声に慌てて見たので、細かく観察はできなかったが、望未たちと同じ高校の制服を着た男子生徒だった。それから


「校則が厳しいのに、赤のカラーコンタクトなんて、いい度胸してるね」

「うん……って言うよりも、和羽ちゃん『扉をノックして契約』は、そんなに有名な事なの?」


 困惑する望未に対し、友人は意地悪な笑みで返答した。さすがにイラっとした望未は口を大きく開けた。


「扉をノックして契約する。それ以外に説明はないよ」


 またしても望未の後ろで声がした。

 立ち止まり振り返ると、またもや同じ制服を着た男がいた。黒髪の茶色目をしたどこにでもいそうな姿をしている。

 しかし、望未は違和感を覚えた。


『この人、何か違う。何だろう、何か違う空気を持っている』


 そう思ったものの、開いた口からは苛立ちをぶちまけた。


「もう、何なのよ。みんなして扉をノックしろって、第一、扉なんてどこにあるのよっ」

「扉なら、どこにでもある。ノックすれば、扉は現れる。ただし、ノックすれば……」


 男はそれ以上何も言わなかった。怒り任せに望未は何もない空間にノックする仕草をして、話を続ける必要がなくなったから。


「は?……え?」


 呆然とする望未の前に、真っ白い扉が音もなく現れた。


「嘘……本当に出た、しかも扉だけ……」


 望未の言葉通り、扉が現れただけで開けてみたものの、扉の先にあるのは、いつもと変わらない通学路である。


瀬白井望未(せしらい のぞみ)。契約は成立した」


 望未は目を大きく開き、初めて会った男を呆然と見つめる事しかできなかった。


「何で、私の名前を知っているの?」

「知っているも何も。契約した相手は、この俺だからね。

 さて、契約が成立した以上、君は扉の先に進まなければならない」

「扉の先って言っても、何にもないじゃな……」


 扉の先に進んだ望未の目は、いつもと変わらない通学路を映していたが、背中がゾクリとした。無音の張り詰めた空気を感じとった。


「これ……って、誰もいない、扉も消えている」


 いつもの通学路に一人取り残された望未だったが、何かに操られるかのように走りだした。



 望未の足が止まったのは、校門の前だった。


 全速力で走り続けたことにより、鼓動が悲鳴をあげていたが、今の望未にそれをケアする余裕はない。


「何、これ……」


 人が倒れいた。複数の、同じ制服を着た者たちが。

 一目で、彼らが起き上がる事はないだろうと医療知識のない望未でも分かった。惨状という言葉しかない現場に望未はただ、見つめる事しかできなかった。


「和羽ちゃん……」


 惨状の先に友人がいた。

 黒い霧のようなものに全身を包まれた和羽は、赤い目をした男子生徒の頭上高く浮いていた。


来国渓太(らいくに けいた)と契約を交わしたことにより、瀬白井 望未の退屈で平和は日常は打ち破られた」


 地面から聞き覚えのある声が響いたが、今の望未はそれどころではなかった。

 赤い目の男子生徒は暗色の槍先を友人の背中に向けたのだから。


「和羽ちゃんっ」




「……」


 来国渓太はむくりとベッドから起きあがる。

 1DKの典型的な一人暮らし用の狭い部屋には、ベッドの他にコタツと最低限度必要な家電が窮屈に配置されていた。

 渓太はコタツに入ると、ノートパソコンを開き起動させる。


「望未。君は俺の創作心にノックした。成立した以上、契約は守るよ」


 しばらくして、カタカタカタとキーボードを叩く音がリズムよく部屋に聞こえてきた。

 渓太のパソコン画面に打ち出した文字が表示された。


『鮮血姫』


 主人公、瀬白井 望未。と





 物語を書き始める時、0から1になり。物語が完成したら100になる。

 物語が始まる前の『0』から物語が始まった瞬間の『1』を書いたのですが、ご理解できましたでしょうか?



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