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デートとは死ぬことと見つけたり

「人間達は、私たちを全て処分してしまうのだろうか」

「彼らが議会でむなしく揉めている間にも、どんどん日本人の命が絶えていく」

「我々はそれをただ見ていることなど出来ない」

「もはや私たちが消えても、この病の蔓延は止められないだろう」

「このままでは手遅れになる。日本が滅んでしまう」

「鍵となる人間をつきとめた」

「エネルギーと装置の都合上、過去に送り込めるのはただ一人。ただ一人だけだ」

「ウィルスキャリアではなく、まだ何者とも契約をしていないもの……」




   ◇      ◇      ◇




「どう思う? 猫山」

 私、瀬尾小春は、人型ペット『猫山』に、スマホを見せながらたずねました。

 彼は画面をのぞきこむと、無駄に良い声で読み上げます。

「『今度の日曜日、良かったら一緒に『博士と20匹の犬』を観に行きませんか?』」

「音読しなくていいから!」

 顔を真っ赤にしながらひっこめる私です。

「ご主人様、これはなんですか?」

 大きな身体に似合わず可愛らしく小首をかしげる猫山。

「……誘おうかと……映画……デート……」

「後半声が小さくて聞こえません」

「猫山って結構ナチュラルドSよね……」

 猫山は顎に片手を添えつつ、眼を不敵に光らせます。

「なるほど。これはなかなかいい作戦ですね」

「そ、そう? そう思う?」

 身を乗り出します。

「呼び出して」

「う、うん」

 どきどき。

「映画館に連れ込み」

「連れ込みってそんな……」

 なんかいかがわしいというか。いやらしいというか。(どきどきどき)

「暗闇の中……」

「く、暗闇ってそんな猫山……いきなりは……」

 どきどきどきどき。


「殺る!」


「違うから! 普通にデートだから!!!!!」

「『普通にデート』なんですか」

 ううっ。ついのせられて大きな声で「デート」と言ってしまいました。恥ずかしいです。

「つまり徹平様の命を奪うのではなく、心を奪って将来を奪うつもりなのですね」

「言葉を重ねなくていいから……」

「まあそれもいいんじゃないでしょうか」


 だって、私と徹平くんは、一度もデートをしたことがないのですから。

 結婚を申し込む前に、順序って言うものがあるのではと思い直したのです。


「あのね。何か機会があっても、絶対に徹平くんに結婚とか未来のこととか言わないでね」

「なぜですか?」

「死ぬのは無理でも、付き合ったり結婚くらいはしてくれちゃうかもしれないじゃない。気を使って。優しいから」

「そんなものでしょうか」

 

 私は。

 ちゃんと、徹平くんの大切な人になりたいから。




   ◇      ◇      ◇




 そうして、日曜日になりました。

 私がデートの準備をしているうしろで、猫山は相変わらずごろごろとしています。

「結構すんなり申し出を受けてもらえたのですね。思ったより脈があるのでしょうか?」

「すんなりというか……」

 目を逸らす私。

「どのような返事を頂いたのですか?」

「あっ! スマホ見ちゃダメ!」


『今度の日曜日、良かったら一緒に『博士と20匹の犬』を観に行きませんか?』

『あ、観たかったんだけど、友達の都合が悪くなって』

『友達と行くはずだったんだけど』

『それで 良ければなんだけど』

『お昼前に行くから』

『ダメだったらダメでいいから』

『スルーしてくれていいから』

『忙しかったれ』

『れじゃない 間違い』


 そこにあったのは、私から一方的にメッセージが送られている、必死な履歴。

 そして最後に徹平くんからのレス、たった一文、「かまわないよ」。

「ご主人様……」

 哀れみの視線を感じます。

「うう……デートが出来ることにはなったけれど、誘う時点からこんなんじゃ上手くやれる自信ないよぉ……」

 情けなくて思わず頭を抱える私。

「頑張ってくださいよ」

「冷たい! て、手伝ってよぉ!!」

「はい?」

「お願い!」

「ついて行けと?」

「来てよお!」

「何かが出来るとは思えませんが……。ほら、私は役立たずですし」

「こっそり影から見てくれてるだけでいいから!」

 緊張のあまり、必死です。

 猫山はそんな追い詰められた私を見て、彼にすがりつく私の肩をつかみ、急にきりりとした顔つきになってまっすぐにこちらを見つめてきました。

「わかりました。ご主人様からここまで頼られたのは初めてです。立派に周囲をうろちょろしましょう」

 ……焦りのあまり、余計な面倒ごとも抱えてしまった気がしてきました。



「やあ。おはよう小春」

「お、おはよう。徹平くん」

 徹平くんは、よく着ているのを見るいつものパーカーにジーンズ姿。

 対して私は、普段の10倍綺麗に巻いた髪、10倍濃い化粧、ひらひらの白いワンピースにリボンのついたペールピンクのカーディガンとリボンモチーフのネックレス、ストーンのついた勝負ストッキングにヒール。

 並んで道を歩いていると、気合の差が歴然すぎて凹んできました。

 私、浮いてるかなあ。こんな張り切っちゃって恥ずかしいなあ。

「……死のう」

「えっ!?」

 急に徹平くんが不穏な言葉をぼそりとつぶやき、凍りつく私。

「い、いや。なんでもない」

 何があったのかわかりません。いきなりすぎます。

 徹平くんの死にたいスイッチってどこなんでしょう!?

 動揺するまま、慌てて猫山を探します。

 電柱の後ろで、目を光らせている猫山と目が合います。


――いや、死なせないからね!? 親指立てなくていいからね!



 そこからのデートは。

 放送事故のような沈黙と。

 たくさんの失敗と。

 もうめちゃくちゃのわやくちゃで。

 何回徹平くんが「死のう」って言ったかわからないくらいで。


 トイレに行く振りをして猫山にこっそり助けを求めようとしても、その目立ちすぎる容姿でスカウトされたりナンパされたり常に誰かに捕まっていて。ぜんぜん相談できなくって。


 だめだ。こんなんじゃ全然ダメ。

 徹平くんに結婚なんてしてもらえないよ。

 とあるお店のショーウィンドウを見ながら、徹平くんが100回目くらいのため息をついている様子に、私は泣きたくなってきました。

 ごめんね。忙しい中付き合ってもらったのに。こんな退屈な休日を過ごさせて。

「ごめ……」

「ごめ……」

 私と徹平くん、二人が同時に同じ言葉をつぶやいた瞬間。



「捨てられました!

 私は瀬尾小春に捨てられました!!!!!!!!!!!!

 瀬尾!小春!に! 捨てられましたあああああ!!!!!」



 エキセントリックな叫びがあたりに響き、息詰まる空気をぶち破りました。

 その聞き覚えのある声と言葉が飛んできた方向を見ると、人ごみの向こうに、女子高生の集団にひっぱられていく猫山の姿が……。

 ちょ、ちょっとおおお! 私から20m以上離れちゃだめなんでしょう!? ペット遺棄警告音が、鳴るんでしょう!?


 突然意味のわからないことをわめき始めた猫山の奇行に、彼のルックスにはしゃいでいた女子高生も街を行き交う人々も、潮が引くようにさあっと離れていきました。

 異様な雰囲気の中、真っ青な顔をして後ろを見ると、そこには生気を失った目をした徹平くんが呆然と立ち尽くしていました。


「やっぱり……そういうことか……」

 彼はこわばった顔面で唇だけ動かしています。

「え、あの、何が」

「あいつと一緒で……」

「あの、徹平くん? 何を言っているのか……」

「死のう」

「ちゃんと猫山の言うこと、聞こえています!? いや聞こえなくていいんだけど! じゃなくて!」


 猫山がいる方向と反対に向かって走り出す徹平くん。

 猫山の人型ペット遺棄防止システムのおかげで、追いかけられない私。

 突然の痴話げんかに、色めきたちざわめく周囲。


 な……なんでこうなるのーーーー!?




   ◇      ◇      ◇




 ほうほうのていで、猫山を連れて帰路に就くことになりました。

 足取りは重く、家がとても遠く感じます。

 やっぱり猫山をデートに連れて行くんじゃありませんでした。きっと、ちゃんと自分ひとりの力で頑張らなかったことに対する神様の罰です。

「ご主人様」

「……」

「ご主人様、さっきからスマホが鳴っています」

 わかっています。怖くて見られないんです。

 徹平くんからどんなメッセージが来ているのかを考えると、気が滅入ってきます。

 かばんからスマホを取り出し、メッセージ通知を見ないようにしながらマナーモードにして、両手で握り締めました。


 徹平くんの命は、私には救えないんでしょうか。

 他に彼にふさわしい素敵な女の子を探した方がいいんでしょうか。


 落ち込めば落ち込むほど、猫山のなんでもないようなしらっとした顔にちょっとむかついてきます。

「良かったね。徹平くん、死にたい死にたい言っていたよ。猫山の思い通りだよ」

 いじわるな言葉も、つい口をついてしまいます。

「そうですね。ご主人様のおかげです」


 だからと言って、真正面から返されても傷つきます!


「やっぱり私は余計なことをしない方がいいのかな……」

「そうでしょうね」


 追い討ちをかけられました!


 すっかりしょげて、へなへなと道端にしゃがみこんでしまう私です。

「うう……ここまで私がダメな子だったなんて……」

「ダメというわけではないと思われますが」

「どっちなのよ!」

 猫山の言うことは、相変わらず意味がわかりません。

「いえ。本日、お二人の様子を影ながらじっくりうろちょろねっとりねっぷり観察をしていて気づいたのです。


”徹平さまが死にたくなるのは、ご主人様がらみのときだけだ”


と」


「え?」

 どういうことでしょう。


 猫山は言葉を続けます。

「映画館で椅子が突然壊れ、周囲の人がくすくすと笑ったときも、徹平さまは『死のう』とはおっしゃいませんでした」

「う、うん……。相当嫌な出来事だったけれどね……」

「トイレでとても怖いおっさんにぶつかってしまい、すごまれ絡まれ脅されたときも、『死のう』とはおっしゃいませんでした」

「……男子トイレでそんな事件が起こってたの……」

「でも、徹平さまは、ご主人さまと自分の格好がつりあってないというだけで死にたくなるのです」

「え……?」


 そのとき、手に持っていたスマホが震えだし、私はびっくりして反射的にメッセージを見てしまいました。



『せっかく誘ってくれたのに、楽しませてあげられなくてごめん』

『いつもの格好でごめん』

『綺麗にして』

『かわい』

『くれてたのに』

『可愛かった』

『そういう感じ』

『ていうか』



 とっちらかった文言から伝わってくる、取り乱した様子。

 あのとき彼が眺めていたショーウィンドウの中の、洗練されたメンズファッションのマネキンを思い出します。


『なんかめちゃくちゃだね。ごめん』

『送ったの消せないのってつらいな、これ』

『気にしないで』


 またメッセージが連続して届いたのち、再びスマホは沈黙しました。


 徹平くん。

 徹平くんは。

 私のことを考えてくれているの?


 私はドキドキしながら震える指を動かして文字を打ち、勇気を出して送信しました。

『今度、また、一緒に出かけてくれると嬉しいな』


 そして、後ろから覗き込んできている猫山に、

「ちゃんと見ててくれてありがとう」

 感謝の言葉を伝えると、彼はそのままだらんと覆いかぶさってきました。

「お腹が空きました、ご主人様」

「はいはい」

 猫山はとても重かったけれど、なんだかさっきまでより足元はふわふわと軽く感じました。



 これが、私と徹平くんの、最初のデートでした。

なかなか時間が取れませんが、あと1~2話で完結する予定です。

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