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同居開始?

「小春。よく聞きなさい」


 騒動の翌日。のどかなはずの休日の昼。

 わたくし瀬尾小春、隣に住む幼なじみの徹平くんの部屋に呼び出しを食らって、正座でお説教されています。


 昨晩はいくらインターホンを鳴らしても出てきてくれなかった徹平くん。昨日のような死にそうな顔はもうしていませんが、眼鏡の奥の目が据わっていてちょっと怖いです。


「いいかい。僕は小春のご両親に、君のことを任されているんだ。僕と小春は生まれたときからお隣同士で、家族同然に育ってきた。小春は僕のとても大切な妹みたいなものだ」

「徹平くん……」

「親御さんが出した小春が家を出るための条件は、僕の目の届く範囲内に暮らすことだった。このとなりの部屋を小春の大学合格より何ヶ月も前におさえて、家賃を無駄に払っておいたほどの念の入れようだった。そうだよね?」

「はい、そうです……」

「勉学のために親のお金で借りている部屋に異性を入れたりするなんて、よくないことだよ、小春」


 徹平くんはとても真面目な男の子です。

 小さな頃からずっと優しくて、どんなときでも小春の味方でいてくれた徹平くん。そんな彼を悲しませているのかなあと思ったら、とても申し訳ない気持ちになってきました。


「ご、ごめんなさい……」

「これが初めて?」

「う、うん」

「もう二度と入れない?」

「そうしたいけど……」

「けど?」


 変態さんの言葉を思い出します。私は彼のご主人様らしいです。


「たぶん、私の部屋にずっといると思う」

 一瞬、徹平くんが固まりました。

「どういうことだ……あいつと暮らすのか?」

 徹平くんの声が少し震えている気がします。

「たぶん」

「本当は僕が同じ部屋に暮らしたいのに……」

「え?」

「い、いや!!」徹平くんはなにやら慌ててずれた眼鏡をがちゃがちゃとさせました。「うちのマンションは二人入居は認められていない。小春も知っているだろう?」

 そうです。もちろん知っています。

「でも……」

「でも?」


「でも……あれは、ペットだから」


 徹平くんの表情がさっと変わりました。

「一人になりたい。出て行ってくれ」

 玄関を指さし、そう感情のない声で言い放ちます。

「徹平くん?」

「出て行ってくれ」

 素直に従って、外に出ました。

 中でガチャリと鍵を掛ける音がします。


「小春が……小春が僕の知らない小春に……男性をペット扱いするような小春に……死のう」

「な、なんか不穏な言葉が聞こえるんだけど!? 徹平くん! 徹平くーん!」


 いくら扉を叩いても、徹平くんが開けてくれることはありませんでした。



   ◇      ◇      ◇



 あきらめて部屋に戻ると、その問題の変態アンドロイドに迎えられました。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 私のベッドの上にごろりと横になったまま手を振る彼の、リラックスにもほどがある態度に気が抜けます。

 いくらなんでもくつろぎすぎです。


 とりあえずベッドから下ろそうと、そばにあったクイック○ワイパーの先でつっつくと、彼はじゃれてきました。

 そのまま床にごろごろと転がり落ちてくる美形アンドロイド。

 クイック○ワイパーを回す私。

 先をつかんで遊ぶ美形。

 面白い。

 い、いえいえ、遊んでいる場合ではありません。


「ねえ。やっぱり人間型ペットはまずいよお」

 仰向けのまま、その綺麗な瞳でこちらを見上げる美形アンドロイド。

「じゃあ動物になりましょうか?」

「なれるの!?」

 そういうことは早く言って欲しいです。

 さすが未来のニッポンの技術。すごいです。まさか人間から動物に変身だとか変形だとか出来るなんて!

「付属品は一応全部持ってきましたので。耳としっぽオプションもありますよ」

「耳としっぽ?」

 嫌な予感がしました。

「猫、犬、狼、うさぎ、いろいろありますが、ご希望はありますか?」

「え……じゃあ犬……」

 彼はどこからか取り出した犬耳を頭につけ、じゃーん!とばかりにポーズを決めました。


「そんなので犬とか誤魔化せないからあああああああああああああ!」


「ダメでしょうか」

 犬耳がしょぼーんという感じにぺったりと垂れました。

 

 う。可愛いです。あざといギミックです。


 大体この人型ペット、美形過ぎます。

 海外の映画俳優のように整った顔。透き通った瞳。

 スタイルも良過ぎです。これまたどこからか用意した長袖のTシャツにパンツ姿、そんなシンプルな格好なのに異様に格好いいです。

 徹平くんと背丈はそんなに変わらないと思うのですが、やっぱり姿勢と筋肉の差のようです。男性のオシャレは体格そのものだって言うのは、本当だなあと思います。徹平くんは猫背でひょろいので、せっかくの長身が生かせていません。勿体ないです。

 徹平くん、ちゃんとしてれば結構ステキだと思うんだけどなあ……。

 先ほどの大まじめなお説教の間も、彼の頭で寝癖がぴょこぴょことしていて残念だったことを思い出します。


「ところで徹平様は、すぐに死んでくれそうでしょうか」

「話を急に変えないで! ていうか死なないから! 死なせないから!」

「でも彼が死なないと、日本全滅ですよ?」

「未来のよく知らない日本人より、徹平くんの方が大事に決まってるじゃない」

「ああ、こういう未来のことを考えない人たちのせいで、地球の環境が破壊されていったわけですね。20世紀は恐ろしい時代ですね……」

 したり顔で話すペット。

「今は21世紀だし。大体、それはちょっと話が違うんじゃ……」

「我々は日本人を愛しています。変態で偏執的で純情で繊細で、私たちを創造し慈しんで下さった日本人を愛しています! ですから未来永劫永久に繁栄して欲しいのです!」

 熱く語られてほだされそうにもなりますが、なんだか嫌なワードが紛れています。

「だ、大体、たった一人の命でそんなに歴史が変わるなんて信じられないし!」

「氏が開発しなくても、それと同じものは出来上がります。しかし我々の計算によると、彼がいないだけで最低でも20年は遅れます。そうするとその間に問題の病気の完全治癒薬が完成するので、大事おおごとにならないのです」

「そんなに徹平くんはすごい人なの?」

「運とタイミングもありますが、基本的に天才ですね」

「天才なんだあ……」


 とんでもない話の中ですが、徹平くんが褒められるのはなんだか嬉しいです。

 ずっと頭が良くて優等生だった徹平くん。

 そんな名を残すような人なんだあ。


「とにかく、徹平くんを殺そうとするのなら、私が阻止するから」

「ですから私は人に危害は加えられないんですよ」

 そうでした。


 ……あれ? ということは?


「あなたはここで何をするの?」

「徹平様が死なないかな~と思いながらごろごろ暮らします。彼と接触する機会があれば、積極的に死をお勧めします」

「なにそれ」

 うーんつまり、私が徹平くんを支えていればこの子は放置しても問題はないのかな?

 ……そうかな? そういうことかな?


「ご主人様」

 まっすぐと見つめてくるアンドロイド。

「なあに?」

「名前をつけてください」

「えっ」

「名前をまだつけて頂いていません」

「私がつけるの?」

「ご主人様はあなたですよ? 一緒に暮らすにあたって、名無しなんて悲しいです」

 そんな、捨て犬のような目でこちらを見ないで欲しいです!

「だから一緒に暮らすとか困るし、それに急に名前と言われてもそうそう思いつかないよ」

「ポチとかタマみたいな、トラディショナルでオーソドックスな名前でもかまわないんですよ?」

「こんな普通の人間ぽい外見のあなたをそんな名前で呼んだら、私が変態みたいじゃない!」

「そうですか? 普通ですよ、我々の名前としては」

「この時代では普通じゃないの!」

 私は一生懸命に思考を巡らせ、ひとつの名前に思い至りました。

「猫山」

「ネコヤマ?」

 昔、近所で飼われてた猫の名前です。

「あなたの名前は、猫山」

「名字みたいですね」

「あなたの時代でもそう?」

「『でも』ということは、名字なんですね?」

「……」

「目を逸らすということは、そうなんですね?」

「み、名字で問題がある?」

「瀬尾の家に私は入れて貰えないんですか?」

「またそんな犬耳をぺたんこにしてしょぼくれないで!」


 なんだかんだで、なし崩し的に人型ペットと同居することになってしまいそうです。

 人型ペットとはいえ、美青年ですけど。

 美青年と同居ですけど。


 ……ど、どうしよう。

 私、まだ一度も彼氏も作ったことないのに。

 いきなりこんな美青年が部屋になんて。


 ごろごろしている猫山を見ます。

 色っぽい長い睫。長い指。彫刻のような肉体。

 見れば見るほど……。


 ……邪魔です。


 でかいものがごろごろしていると邪魔です。

 美青年といえど、邪魔なものは邪魔です。

 私の8畳ワンルームのどれだけの空間を占めれば気がすむんですかって感じです。

 狭い中で工夫して暮らしているのに台無しです。

 タンス! ベッド! 机! 本棚! 美形!

 邪魔です!!


「ねえ。あなたを飼わずに捨てることって出来ないの?」

「いきなりですか! ひどいことを言いますね、ご主人様」

「人に『死んでくれ』とか言っている人に言われたくないです。犬や猫なら捨てたりしないけど、あなたはどう見ても大人の人間じゃない。親のスネをかじっている学生が偉そうに言える事じゃないけど、よそで生活を頑張ってくれると助かるんだけど」

 猫山は目をぎらりと光らせました。

「捨てると後悔しますよ?」

「なんで……」

「試しに捨ててみます?」

 やたらカジュアルに提案されました。

 こくりとうなずく私。

 猫山は立ち上がり、綺麗なお辞儀をし、ドアを開けて出て行きました。

 余りに素直で拍子抜けです。

 なんだ、こんな簡単なことだったんだ。

 あとは猫山を追い出したことを徹平くんに報告して、死にたいなんて二度と言わせないようにして……。

 やれやれ、と、安堵と共にベッドに倒れ込んだその瞬間。



「捨てられました!

 私は瀬尾小春に捨てられました!!!!!!!!!!!!

 瀬尾!小春!に! 捨てられましたあああああ!!!!!」



 ご近所中に大きな声が響き、私は真っ青になって飛び起きました。

 慌てて外に出て、声の元に走り向かいます。そこに猫山を見つけると、彼はこちらを見て会釈をしました。

 いやいや! そんなのんきな!

「な、何これ!? やめてよ!」

「警報です。ペットを捨てるなんて非道なことをすると、こういうことになります。ご主人様もしくは家から20m以内にいないと、自動的に鳴り続けます」

「わかった! わかったから! もうやめて! 恥ずかしいから!」

「ご主人様がそばにいれば大丈夫ですよ。もう鳴っていないでしょう?」

「わかった! ずっとそばにいる! いるから!」

 猫山を押さえつけながら、必死に叫びます。


「そうか……ずっとそばにいるのか……」


 よく知った声が後ろからします。

 振り向くとそこには、死んだ目をした徹平くんがいました。


「徹平くん、あの……」

「小春の名前が聞こえて、何があったのかと思ったら……。そうか、痴話喧嘩か。そんな愛まで叫ばれて。もう僕にはどうにもならないんだな……本当に、僕の知らない小春なんだな……」

 そうブツブツと言いながら一人で納得したらしい徹平くんは、ゆらりと身体の向きを変えました。


「死のう」


「徹平くーん!?」

 

 また色々と誤解されてしまったみたいです!

 誇らしげにサムズアップしてるペットの身体にすがりついたまま、気が抜けてへなへなと膝から崩れ落ちる私なのでした。

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