押し売りお断り
「突然ですが、死んでいただけますでしょうか?」
満月の夜。
ベランダに立つ、慇懃無礼な態度の見知らぬ美青年。
さらさらの銀色の髪に銀色の冷たい瞳、その均整が取れたすらりとした身体にまとうものは……
全身タイツ?
青年はこちらの返事を待たず、一人で話を続けています。
「私には殺すことが出来ないので、死んで頂けると大変助かるのです」
へ……変態だ!!!!
へんたいだへんたいだへんたいだへんたいだ!!!!!
月明かりに全身をレインボーパールに光らせながら無茶を言ってくる変態の前で、私は口をぽかんと開けたまま、ただ身体を硬直させてつっ立っていました。
私、瀬尾小春。大学2年生。
進学で都会に出て来てから一年以上経ち、だいぶ一人暮らしにも慣れてきたところです。
でも、その気の緩みが隙を生んだのでしょうか。
ベランダで謎の物音がしたので、うっかりガラス戸を開けて出ると、この変態がいたのです。
――うわーん! 徹平くん!
恐怖と混乱で動くことが出来ないまま、私は幼なじみに脳内で助けを求めます。けれども、彼の住むとなりの部屋に人の気配はしません。
帰宅が遅いのはいつものことだけど、今日もまだ帰ってきていないみたいです……!
こんないきなり殺されるなんていやだよー!
(……あれ? 殺される?)
ここで私ははたと気がつきました。
そうです。この人は、「自分では殺せない」と言いました!
私は彼から目を離さないまま、そーっと片足を一歩ひいて、逃げるタイミングを見計らいます。
(今だ!)
身を翻し、急いで部屋の中に入って引き戸を閉じようとしたのですが、残念なことに足がもつれて入り口の段差で転びました。
痛みにうめいてうずくまっていると、変態さんが近づいてきました。
「や……やだ! 触らないで!」
無我夢中で変態さんの身体を叩きます。
私の手は何か弁のようなものに触れて、そこからタイツがぴーっと綺麗に縦ラインに一筋切れて、つるりと剥けて。
全身タイツの美青年は、裸の美青年になりました。
「うわわわわわわ! ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
反射的に謝ってしまった私を、彼はその鋭い眼光でまっすぐに見つめてきます。
「開封してしまいましたね。ラッピングを」
ラッピング?
破れたタイツをよく見ると、「開ける→ここから切れます」と書いてありました。
うん、すんなり切れたね。超スムーズにね。
「契約成立です。私はあなた様、もしくはあなた様の家から離れることが出来ません」
ええええええええええええええええええええ!?
なにそれ!?
◇ ◇ ◇
変態さんは、私に大判のタオルケットをかけられたまま、部屋の隅で大人しく体育座りをしています。
確かに彼の言葉通り、私に危害を加えることは出来ないみたいです。
それに、なんだかとても思い詰めた様子だったので、事情を聞くことにしました。
部屋の端と端に対角線上に座り、念のためにそばに護身用のフライパンと通報用のスマホを置いて、いつでもすぐに逃げられるように玄関の鍵は開けておいてから、私は変態さんに質問を始めました。
「本当に、私に手出しは出来ないの?」
「私たちは、人間に危害を加えられないのです。そう躾けられています」
「私”たち”? 他にもあなたの仲間がいるの?」
返答までに少し間がありました。
「本当は事情をべらべらと漏らしてはいけないのですが、ご主人様は別ですので、全てお話しさせて頂きます」
「それだけど、なんで私があなたと何か契約したことになっているの?」
「商品を開封したら、買い取る。そのあたりは、この時代も変わらないと思いますが」
時代?
またわけのわからないことを言い出しました、この変態さん。
「どちらにしろ、うちは二人入居不可の物件だし、ずっとそばにいられると困るの」
「ペットはどうですか?」
「……ペットは可だけど。吠えなければ」
私の言葉を聞いて、彼は満足げにうなずきました。
「それならば問題はありません。私はあなたの未来を変えるために未来からやってきた、人型ペットです」
「ペット……」
「愛玩動物です」
真面目な顔で、はっきりと言われてしまいました。
でもこんな長身の美青年に「私はペットです」なんて言われてしまうと、ちょっとドキドキします。
「じょ、冗談はやめてください。なんの遊びですか? 人間がペットって」
「人間ではありません。人間風の人工生物です。バイオロイド」
彼は銀色の瞳を光らせながら答えます。
すごいことになってきました。
私が唖然としていると、変態さんはおもむろにタオルケットをばさっと広げました。
「ちょ! だから、脱がないで!」
私の制止を聞かず、彼は自分の脇腹を指さします。そこにはなにやら刻印のようなものがありました。
「安心の日本製です。メイド・イン・ジャパン」
「日本製。確かに品質は良さそう」
……って瀬尾、何を納得しかけているのでしょう。
「ばっちりでございます」
「バイオロイドって……何が出来るの?」
「エサを下さい。食べます」
「あ……うん」
「なでてくれたら喜びます」
「そうなんだ……」
「お散歩に連れて行ってくれると喜びます」
「なるほどね……」
「お風呂にも入れて下さい。ブラッシングも好きです」
「手間かかるね……」
「寒い夜には、あなたのベッドに入ります」
「入らなくていいよ……」
「仕事や勉強の邪魔をします」
「本当にペットだね……」
「ペットです。私たちは『ただそばにいて癒してくれるだけでいい』……そういうコンセプトの商品です」
「えーっと……未来ではあなたみたいなのが世界中にいるの?」
「ほぼ日本でしか成り立っていない商売ですね、ただの愛玩用人型ペットは。国内出荷率99%です。普通はハウスキーピングや工業用人員、性的サービスなど、それなりの働きを求められますので」
「はあ……」
なんだかくらくらしてきました。
「私たちは、無能です(キリッ)」
「なんでそれを胸をはって言うの」
「まあ、最初から性処理用とされている人形を相手にするより、ペットとされているものを相手に性的なことをする方がよほど変態ですよね」
彼は目を伏せてとんでもないことをぼそっと言いました。
「何言うのよ!!!!!」
「いえ、あくまで先輩たちから伝え聞く話ですので。私はまだ新品ですので」
「き、聞きたくないから!」
「ご主人様も、ペット管理局に通報されないように気をつけて下さい」
「何もしないから! もう! ていうか今の状況、私があなたを警察に通報してもおかしくないんだから!」
変な空気になってしまいました。さっさと話題を変えましょう!
「じゃあさっきの格好は? 未来の流行服?」
「出荷される時は大体あのような格好です。ラッピング技術もすごいでしょう。そして綺麗に簡単に切れるでしょう。技術大国ニッポンです!」
誇らしげに語られてしまいました。
え……ええーー……。どんななのよ、未来の日本人……。
「そ、それで……。ええと次は……。そうそう、なんで私に死んで欲しいの?」
「未来では、死の病が日本中に蔓延しています。それを食い止めるに様々なシミュレートと計算を繰り返したところ、その病の元となる菌を作成した人物を消すことが一番確実かつ被害を最小限に食い止められると出たのです」
また話が大きくなりました!
「今、日本は閉鎖され、世界から孤立しています。私たちは日本人が大好きなのです。自分たちを生み出し、愛してくれた日本人が。ですから、彼らが絶滅するのをただ見ているのは耐えられません」
トンデモ話もここまで大風呂敷を広げられると、ちょっと信じたくなってきてしまいそうな……。
……いえいえ、駄目です、瀬尾!
一人暮らしで詐欺にひっかからないよう、家族総出で訓練をしたじゃないですか!
大体、
「私もその日本人なんだけど。私の命は大切じゃないの?」
「他の全ての日本人の命や未来と比べれば、仕方ありませんよね。最低限の犠牲です」
あっさりと言われてしまいました!
疑問点はまだまだ尽きないけれど、なによりも一番おかしい箇所があります。
「完全に文系の私が、そんな菌だの病気だのの原因になるの……?」
変態さんはきょとんとしています。
「? おかしいですね、そろそろ問題の研究に手をつけ出す頃なのですが」
「今、私がしていたのは、絵本についてのレポートだけど……」
食い違いが出てきました。
「でも、居住地も顔も合っています」
彼は何か小さな機械を取り出し、空に映像を結ばせました。
そこには、確かに私が映っていました。
私じゃない人も一緒に映っていましたけれど……。
「これ、徹平くんとこの間撮った写真だ。徹平くんならナマモノ系の学生だけど……」
「はい、アイハラテッペイです」
「その相原徹平なら、となりの部屋に住んでいるよ。私の幼なじみ。ひとつ年上の」
間。
「……ここは、404号室ですよね?」
「405号室だよ」
さらに間。
「……間違えました。大変失礼いたしました」
「ちょっと待って!? 私を徹平くんだと思ったの!? 男の名前でしょ!? 私、男に見える!?」
「私たちの時代では、女性にも使われている名前ですので……」
「そうなの!?」
驚いてる私にかまわず、彼は映像の徹平くんを見つめています。
「……この人は、簡単に死んでくださりますかね?」
「何言うのよ! ていうか死んじゃやだよ!」
大切な幼なじみの徹平くんに、何かあったら困ります!
映像を消すべく、私は機械を奪おうと彼の手に飛びかかりました。はずみで再びはだける、彼のタオルケット。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
外でバタバタと大きな足音がし、続いて玄関のドアノブを乱暴に回す音がしました。
「小春!? 今の悲鳴はなんだ、大丈夫か小春!? あれ!? なんで開いているんだ! 小春!」
「徹平くん!?」
あっそうだ。鍵開けてたんだっけ。
ドアを開け、血相を変えて飛び込んできた徹平くんは、私が裸の美青年に覆い被さっているのを見た瞬間にみるみると顔面を蒼白にしました。
そして、ハイライトが消えた目で、
「僕が忙しくてあまり学校から帰ってこないからこんなことに……僕に任せてくれた、小春の親御さんに顔向けが出来ない……死のう」
ぶつぶつ言いながらふらふらと去っていきました。
「ナイス展開でございます!」
親指をグッと立てて、キリッとした顔で言う変態さん。
全然ナイスじゃないから!!!!!!!