愚者の天才
パン、パン。
二礼二拍手。
霊験あらたかかどうかは知らないが、山中で見つけたさびれた祠で勇次郎は祈った。
彼女ください彼女ください彼女くださいあの娘がほしいあの娘がほしいあの娘がほしいおねがいしますおねがいしますおねがいします!
思う存分祈ったあと、目を開けると、何かがいた。偉そうで、どことなくこの世のものではない雰囲気。
いわゆる、神様と呼ばれる存在だろう。
「ほう。女がそんなにほしいか」
神と思しきそれは尊大に言った。
「欲しいです! モテたいし、好きな人がいるんです!」
矢も盾もたまらず、勇次郎はさけんだ。
「ならば、これをやろう! 汝が望み告白すると、誰でも結ばれる力じゃ。心して使うがよい」
光の玉がふわりと飛んできた。
勇次郎に近づくに連れ、大きくなり、体に触れた瞬間に吸収された。
「ほんとうに、ほんとうに誰とでも結ばれるんですか?」
「嘘と思うならためしてみるがいい。さあ、やってみなさい」
そういうと、それは消えてしまった。
半信半疑になりつつも、勇次郎は翌朝、冗談っぽく、意中の彼女、つぐみに言った。
つぐみは前に同じクラスだった子で、とても可愛らしい女の子だ。
授業が終わって家に帰る途中、何気無くつぐみを呼び止めた。
人気のない体育館の裏に連れて行く。
わかりやすく、直球に。
「あなたが、好きです。付き合ってください」
つぐみは一瞬驚きに表情を無くしたあと、歓喜に震えながら、勇次郎に抱きついた。
「うれしい! 私も勇次郎が前から大好きだったの。付き合って!」
勇次郎は天にも昇る気持ちになった。
しかし、彼女一人では、あの神に与えられた力が本物かどうかわからない。
あのとき、一人にしか使えないとはいわれなかった。
実験として、今までちょっと興味があったことがある女の子にも、声をかけてみよう!
勇次郎は柔らかいつぐみの頬にキスしながら、次の予定を考えた。
そのさらに翌日。昼休憩の時間。
順を呼び出してみた。
順は優しくて、容姿はイマイチなものの、アニメ声でひそかに人気を集めている女の子だ。
怪訝そうに約束場所に来た順を、笑顔で手を振って迎える。
「ねえ、何の用事?」
警戒されても、知ったこっちゃない。
「順って、かわいいよね」
「…えっ?」
「前からいいなって思ってたんだ。俺と付き合おうよ」
前からいいなと思っていたのは、嘘じゃない。
目の前の順は、みるみる頬を紅潮させた。
「…うっそ!」
「ほんとう」
さて、この力はほんものなのだろうか。
「うん、付き合おう!あたし、初めてだからうまく出来ないかもしれないけど…」
「え、俺が初めてなの? うれしーなー」
結論的には全く同じだが、反応がつぐみの時とがまるで違う。
これは、力のせいではないかもしれない。
まだ実験を行う必要があるな、と順の短いさらさらの髪を撫でながら、次の
予定を考えた。
その夜、ほとんど話したことのない隣のクラスの一番派手な女の子、希に声をかけた。
「ねえ、のぞみー希さんってば!」
あんまり冴えない男子にも、分け隔てなく笑顔を向けるところがとても素敵だ。
今日も、美人でかわいい希。
「なあに?」
小首を傾げる仕草が、ここまで狙ってない感じの美人もいない。
「希って、彼氏いたよね?」
「うん」
「悪いんだけど、別れてくれないかなあ。俺、前から希が大好きなんだ。付き合おう」
希は2秒固まってから、いつもの笑顔になった。
「おっけー♪」
……この力、本物だ。
やばい、どうしよう。お礼参りいけばいいの? ていうか、なんだよこれ、ご利益ありすぎじゃないかよ!
毎日毎日、代わる代わる自分の好みの女の子と遊ぶ毎日が始まった。平日は同じ学校の3人、土日は土日で他の学校の女の子を好きにさせて付き合う。全部で8人。
なぜだか、バレることはなかった。
普通なら刺されるリスクを心配するところだが、彼女らみんな勇次郎に惚れ込んでいる。
自分が8人中1人でも、決して刺そうなど考えないだろうくらいに。
〜朝〜
「おはよう、つぐみ」
「おはよ」
つぐみは名前がつぐみなだけに、朝に会うことが多い。お互い朝早く家を出て、近所の人気のない公園でいちゃついて、いっしょに登校。
最後の最後でずらせば、案外第三者には気づかれない。
運がよければ、つぐみがサンドイッチを作ってもってきてくれる。
そういう時は、大概長い髪をおろしてるか無造作にひっつめただけなので、勇次郎は徹底的に遊ぶ。
脇腹をくすぐって笑わせてみたり、髪に顔をうずめてみたり。
「早く高校なんて卒業したいよな」
「ゆうくんと一緒にいられなくなっちゃうよ」
「そうじゃなくてさ、親と住んでるせいでつぐみと暮らせないんじゃん。自分の家があれば、夜だってさみしくないのに」
「うふふ。うれしい」
〜昼〜
同じクラスの順と昼休みは過ごす。
感づいているクラスメートもいるけど、特に困ることもない。
毎日手製の弁当を持ってきてくれて、いっしょに食べる。
「ご飯粒、ついてるよ」
勇次郎が順を見つめた。
「え!どこー?!」
順は本気で困惑して、あちこち顔を触って取ろうとした。
「ここー。とってあげる」
勇次郎は背後に人がいないかチラリと確認して、順の唇を自分の唇で覆った。本当は、ご飯粒なんて最初からついてない。
「もう!からかわないでよねっ!」
そうやって言うと、ますますアニメのツンデレキャラっぽい、と勇次郎はさらにからかった。
〜放課後〜
放課後は希と過ごすことがおおかった。クラスは別だが、家は同じ方向だったからだ。
「ゆーじろー!」
希は勇次郎を驚かすのが好きだ。今日も背後から忍び寄って、耳元でいきなり話しかけた。
「おう!」
勇次郎もいつものことだが律儀に答える。
きれいにセットされた頭をポンポンと撫でると、希は顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
「あのね、今日お母さん夜パートで遅くなるんだ。あたし塾サボるからうちにこない?」
「行く行く!」
一番望ましいパターンはこれだ。
希の部屋はいつも希の匂いがする。なんとなくフローラルで、わくわくする感じの、いかにも女の子の部屋。
天蓋付きベッドでこそないけれども、十分に高級なベッドのある部屋は、ラブホテルで言うところの休憩をするのに最適だった。
そんな調子で平日は過ごす。
一応学校のやつらに噂されたくないと言って口止めしたのもあってか、勇次郎が同じ学校の女の子3人と同時に付き合っているのに気付く者はいなかった。
休日も、適当にナンパして、本気で好きにさせる。一番楽しいのは、女の子がオチる瞬間だ。
似てるようで違う女の香りで自分の
鼻腔を満たすのが、勇次郎の至福の時間だった。
女の子の肌って、どうしてこんなに柔らかくて、いい匂いで、しっとりしてるんだろう。
つぐみを落としてから3ヶ月、旅先で作った女の子を含めれば、彼女の数は13人を超えた。
毎日忙しくて、最高に楽しかった。
これぞ、我が世の春!
*****
そしてある朝、起きるとたくさんメッセが入っていた。
ああ、モテるって幸せだ。
だけど、ちょっと疲れるな。
そろそろ彼女整理、するか!
流行りの断捨離ってやつだ。
たまったメッセはあとから見ることにして、いつもつぐみと待ち合わせをする公園に行った。いつになくたくさん人、いや女の子がたくさんいた。
何人かの後ろ姿に、見覚えがある。
ヒヤリと汗が背中を伝った。
引き返して、近くのコンビニでメッセを全部開いた。
のぞみ 朝7時半に河岡公園に来て。
じゅんじゅん 朝7時半に河岡公園に来て。
容子 朝7時半に河岡公園に来て。
ゆーみ 朝7時半に河岡公園に来て。
留美 朝7時半に河岡公園に来て。
歌乃 朝7時半に河岡公園に来て。
志穂 朝7時半に河岡公園に来て。
みっこ朝7時半に河岡公園に来て。
ちゃこ朝7時半に河岡公園に来て。
なほなほ 朝7時半に河岡公園に来て。
さーにゃん 朝7時半に河岡公園に来て。
りりん 朝7時半に河岡公園に来て。
すー 朝7時半に河岡公園に来て。
にゃあ 朝7時半に河岡公園に来て。
こっこ 朝7時半に河岡公園に来て。
みほっくま 朝7時半に河岡公園に来て。
しゃしゃ 朝7時半に河岡公園に来て。
蒼白になった勇次郎の顔が、店のガラスに映った。同時に、女の子たちと目があった。
希が笑顔で手をふり、あいさつして勇次郎をコンビニから連れ出した。つぐみは気まずそうについてくる。周りから見えない角度にある石のイスの前で、いきなり手を振りほどかれ、同時に女の子全員が恐ろしく顔をひずめ、勇次郎をねめつけた。
「あたしたち、弁解を聞く気は一切ないわ」
「す、すまん!ごめん!悪かった!」
条件反射で勇次郎は土下座した。
「はあ!?あんたの謝罪なんていらねーんだよ。あたしらにとっちゃ、あんたなんかゴキブリ以下」
「それに、謝って楽になるなんて、許さないわ」
「こんな最低男とつきあったことがあるって一生の汚点よ!」
「ねー!」
女子の声が幾重にも重なる。
嘘だろ。こんなことがあるものか。
昨日までは俺に喜んで抱かれていた女が、一夜にして手のひらを返すだと?
「だから、私たちとつきあったことがあるって誰にも言わないで」
「もし言ったら、私たち全員が懲らしめにいくから」
「ただでおくと思うなよ」
「あーどうしてこんな変なしょっぼい男のために前彼と別れたんだろ。ばっかみたい!」
「ほんとよねー」
女たちは勇次郎をリンチするでもなく、去って行った。一度も振り返らなかった。
混乱したまま勇次郎は例の神社に行った。
パン、パン。
二礼二拍手。
神様出てきてください神様出てきてください勇次郎です助けてください助けてください助けてください!
もう一度だけ、力をください。
チャンスをください。
おねがいしますおねがいしますおねがいします!
しかし、そこに神は現れなかった。
勇次郎は我を忘れて祈り続けた。
それはもう、帰宅や学校はおろか、寝食ですら忘れる勢いだった。
もう一度、女の子たちと遊べるなら、それ以上大事なことなんてない!
公園での一件の3日後、勇次郎は捜索願が出された。
勇次郎は祠で発見された。
優に3年経っていた。
勇次郎は見事白骨死体に成り果てていた。
その手が合掌だったことから、現代の即身成仏と半ば呆れられ気味に語られ、のちに伝説となった。
勇次郎が実際にモテたのはたった3ヶ月。
勇次郎に彼女がいたのもたった3ヶ月。
勇次郎が生きたのはわずか16年。
一人孤独に山中で最期を迎えた。
一般人よりはるかに孤独でいろいろもてなかった人生だったと言わざるを得ない。