恋心
その日は雨だった。
男が一人、傘もささずに電柱を見上げていた。
おかしな人だ。危ない人かもしれない。
本能的にそう思った。
しかし、なぜか私は声をかけようとしていた。
それは親切心からか、濡れた男の容姿に惹かれたからか。
「どうかされましたか?」
雨の音にかき消されたのだろうか、男は返事をせずに私の目をじっと見つめてきた。
あ、危ない人だったかも。
心臓が跳ねかけたとき、男の唇が僅かに動いているのがわかった。
「あの、すみません、雨の音がうるさくて……。なんて?」
電線からボタボタと傘に打ち付ける雨音で、相手に失礼をしていたのはどうやらこちらだったようだ。
私はつい、相手に耳を傾けるように近づいていた。
それが間違いだったのだろうか。
バチンと視界が真っ白に弾ける感覚だった。
その感覚とは裏腹に、ゴツリと鈍い音が同時に聞こえた。追って、痛いと感じた。
殴られた。
咄嗟に、何故か「あ、傘が壊れる」と思い持ち手をぎゅっと握りしめてしまった。
そんなもの手放して受け身を取ったほうがいいのに。
そんなことが頭に浮かんだところまでがスローモーションだった。
冷たいアスファルトに体を打ち付ける衝撃と、じわりと水が染み込んでくる感覚、ひたすらに痛い痛いどうしてと混乱する思考が一瞬で押し寄せた。
男が私を見下ろしている感覚がする。
でも、どうしても怖くてそちらを見ることができない。
「大丈夫ですかー!?」
遠くから声がした。
「なんかこの人が突然自転車の前に飛び出してきたみたい」
「何?」
「事故事故!」
「ママ!!あった、あの人の傘、私のだよ!」
色々な声がした。
そんなに沢山の人が周囲にいただろうか?
それまで、私と、あの男の人しかいなかったのに。
それに私は自転車に轢かれたのではない。殴られたのだ。
なんだか世界がおかしい、そんな風に思った。
その後は病院に運ばれたらしく、どうしてか、私に問題があることになった。
どうやら私は元々いた場所を抜け出して?そして自転車の前に飛び出したことになっているらしい。
違う違うと泣いたところまでは覚えているけど、その後は眠らされてしまったらしい。
そういえばあの男の人、とても素敵だったな。また会いたいな。




