マスクド・レッド
プロレスラーのヒールに焦点を当てた小説です。
連載します。
「あのクソレスラー!ぜってー許さねえ!」
興行を終え、撤収作業が始まるデパートの屋上。
オレの声が響いた。
「こーちゃん……!声大きいってば……」
そうやってなだめるこいつはアキ。
今日は2人で2つ隣の町から、自転車で2時間もかけて来た。
オレとアキは大のプロレス好き。
アキなんて気が弱いのに不思議だけど、技の種類とか、選手の豆知識とかいっぱい知ってる。
ま、オレほどじゃないけど。
「だってさあ、ミネがあんな卑怯な技使われて負けたんだぜ!うざすぎだろ」
『ミネ』っていうのは、俺の一番好きな選手な。
嶺山信二っていう、本名であり、リングネーム。
長い髪を後ろで結んでポニーテールみたいにしてるけど、王道の黒パンツ履いてるシブさがかっけえんだ。
得意技は長く太い腕を生かしたラリアット。
大男が繰り出すラリアットの迫力やべえ。
「怒るのも分かるけどさあ。まだその辺にいるかもしれないよ」
「いるかもって?」
「マスクド・レッド」
あのクソレスラーが?まだその辺うろついてるかもだって?
「出てこい卑怯者ォ!」
「だからやめてってばぁ~」
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屋上にいてもやることがないので、6階の本屋に移動した。
オレもアキも自然と「スポーツ・雑誌」のコーナーに吸い込まれていった。
「すみません、そこの雑誌取ります~」
アキが遠慮がちに人をかき分けて、プロレス雑誌を手に取って戻ってきた。
さっきまでプロレスの試合があったからか、そのお客さんの一部が本屋に流れていて、特にプロレス雑誌の周りはいっぱい人がいてうっとうしい。
アイドルの写真集コーナー辺りはあまり人がいないから、アキを連れてそっちで読むことにした。
持ってきた本のタイトルは『熱中!プロレスマガジン』という、プロレスファンの教科書のような雑誌だ。
オレもアキも毎月絶対読んでる。立ち読みだけど……。
母ちゃんもうちょっとお小遣い増やしてくんねえかなあ。
もうちょっとあったら今日だって電車で来れたのにさあ。
「こーちゃん、この前の後楽園の試合の特集載ってるみたい」
表紙を見てアキが言う。
リング上で片腕を天井に向けて掲げる、ガッツポーズ姿のミネの姿があった。
中継で見ていたシーンだ。ちょうど勝利したときだったはずだ。
カラーで見ると、汗がスポットライトで反射していてかっこよすぎる。
「お、ミネが絞め技で勝った時のやつか」
「そうそう、それ」
ミネは学生の時にレスリングと柔道のどっちもやっていたらしい。
だからレスリングのパワフルさも、柔道の繊細さもどっちも持ち合わせてるってワケ。
マジ最高の選手。
特集を読み進める。
最後のページに、さっきの試合の告知が書いてあった。
ミネは人気選手だけど、結構こういうデパートとかのちっちゃめの興行にも来たりする。
多分珍しいし、休めるときは休んでほしいってファン心だけど、そのおかげでこうして初めてのプロレスを、しかもミネの試合を見れたんだからめっちゃありがたい。
ほんと、あのクソ赤覆面野郎が卑怯なマネしなけりゃサイコーだったのに……!
ちなみに、卑怯なマネっていうのは、
「毒霧」「竹刀」「パイプ椅子」「他選手の乱入」とか。
毒霧にまみれたミネが負ける姿なんて見たくなかった……。
「あ、マスクド・レッドのプロフィールも書いてあるよ」
オレは顔をしかめた。「おえっ」て口に出してたかも。
「そんなに嫌がらなくても」
アキは苦笑いしてたけど、全然オーバーリアクションじゃないから、マジで嫌いだから!
「だって、卑怯すぎだろ。ちゃんとやってれば絶対ミネが勝ってたのにさ」
「まあ。そうだね。でも僕は嫌いじゃないなあ」
「え、マジ?」
オレはびっくりして大きい声が出た。
屋上ならギリ許されたくらいの声量。
つまり本屋では許されなかったみたいで、店員に追い出されてしまった。
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「こーちゃん、声大きすぎだよ」
「しょーがないじゃん。アキがあんなびっくりすること言うからさ」
追い出された俺たちは、人のいない階段の段差に座っておしゃべりしていた。
エスカレーターとエレベーターがあるので、普通の客はそっちを使うし、階段もだだっ広いからゆっくりできる。
たまに通るのは従業員くらいで、邪魔にもならないから別に何も注意されない。
アキはマスクド・レッドがなぜ嫌いじゃないかを説明し始めた。
「やっぱり卑怯なことするとみんな盛り上がるし……怒ってるだけかもだけど。それにそういうやつに勝った時のスッキリ感ってすごいと思うんだ。だから、なんていうか……次勝ったときの気持ちよさへの貯金的な感覚かな」
なんとなく言いたいことは分かっても、納得はできない。
なぜって、それ以上に許せない気持ちが強いから。
「ええ~真剣勝負がいいって~」
アキは笑って「本当に真剣勝負が好きなんだね」と言った。
「次あのクソ赤マスク見かけたら、俺がぶっ飛ばしてやる!」
と言った矢先、上の方から声がした。
「おっと、じゃあ僕は逃げた方がいいかな」
ずんぐりとした巨体の、赤いメキシカンマスクを被った半裸の男が、踊り場の方からこちらを見ている。
すぐに感じたのは恐怖。こんなにでかかったのか。こんなに圧があるのか。こんなに声が低いのか。
「殺される!」
私は叫んで階段を転げ落ちた。
それを見て、マスクド・レッドが階段を2段飛ばしで駆け下りてくる。
転げ落ちた先からでも振動が伝わる。
下から見ると突撃してきているようにしか見えない。
「やっぱ殺される!」
「アホか。殺すわけないだろ」
呆れと心配の混ざった声色で、マスクド・レッドが手を差し出した。
「大丈夫?ケガとかないかい?」
私はへたりと座り込んだまま、呆然と見ていた。
ドブみたいな性格だと思っていたので、まさか手を差し伸べられるとは思っていなかったのだ。
「もしかして頭とか打ったり……?」
何も答えない私を心配して、こちらを覗き込んできた。
こんなでっかい男に覗き込まれたことなんてなかったから、慌てて答える。
「あ、えっと。ドブみたいな性格だと思っていたので、まさか心配してもらえると思ってなくて……」
そのまま言ってしまった。
言ってしまって、「やべっ」と思ったが、アキの顔を見ると青ざめていたので、やっぱりやばかったらしい。
「あ、いやそういうことじゃなくて。ミネにカスみたいな勝ち方してたから最低だと思ってただけで……」
なんのフォローにもなっていない。
アキを見ると、へたり込んで、顔はさらに青く、白目をむいていた。
多分泡も吹いてたんじゃないかな。
マスクド・レッドはそんな俺たちを見て、いきなり豪快に笑い出した。
「ガハハ」というオノマトペは、きっとこの男のために生まれたのだと思う。
「そう慌てるな、少年。別に怒っちゃいないさ。ただ正直すぎて面くらっちまったけどな」
そう言うと、オレとアキの頭に片手ずつ乗せて頭をなでてきた。
「おお、おおおお」
アキは本物のプロレスラーに頭をなでてもらえて嬉しそうだ。
顔にはすっかり血の気が戻っている。
オレはというと……
「撫でんな!」
そう言って、大男の手をはねのけた。
いや、実際には大男過ぎて全然はねのけられなかったので、マスクド・レッドが自分から手を引いた形だった。
「お、おう。すまなかったな」
さっきの俺の暴言を食らった時より、さらに面食らっているようだった。
フツーなら、プロレスラーに頭なんて撫でてもらったら、うれしいんだろうな。
オレだってミネに頭撫でてもらったらうれしいさ。
でもな。
こっちはクソビビッて階段から落ちるとかいう、クソ恥ずかしい目にあわされたんだ。
しかも相手が憎きマスクド・レッド。引けるわけがねえ。
「おい!マスクド・レッド!」
オレは立ち上がって、人差し指の先をマスクド・レッドの顔に向ける。
コイツでかすぎて、ほぼ天井指してるみたいなもんだけど、これはかっこつけたいだけだからこれでいいんだよ!
そう、こそミネが倒してくれるはずだ。
え……いや、こんなポーズ取っておいて、「絶対次はミネがお前のこと倒すからな!」なんて人任せダサすぎねえか?
えーっと、どうしよう。かっこつけたからには、どうにかそれなりのことを……。
「俺が!お前を!倒す!」
言っちゃった。
マスクド・レッドは「ほう」とか感心してこっちを見ている。
いや、プロレス好きだけどプロレスラーなんて怖いし痛そうだし、なりたくはないんだけど。
感心なんてしないでほしいんだけど。
よし、取り消そう。冗談だって言っちゃえばいいんだ。
「少年、楽しみにしてていいのかね」
「うるせえ!首洗って待っとけ!」
また言っちゃった。
「少年、名前を聞いておこうかな」
「コウスケだ!」
「よし、コウスケ。赤井デパートのコウスケ。覚えたぞ。ではまたいつかだな」
そう言い残して、マスクド・レッドは下の階に降りて行った。
そういえばマスクド・レッドだけサイン会があるとチラシにかいてあった気がする。だからこの人通りの少ない階段を使っていたのか。
なんて今起こったことを忘れようと、違うことを考え出したが、それをアキが許さなかった。
「こーちゃん、プロレスラーになるの!?」
と、現実を突き付けてくる。
アキ、実は適当言っちゃって……売り言葉に買い言葉というか……なんというか。
「もちろん。一度言ったことは曲げねえ」
なんでかっこつけちゃうかなあ。
ということで、オレ、プロレスラー目指すことになっちゃいました。
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