第四章 雉、撃たれながら加わる
三通目の手紙は、海が見え始めた頃に届いた。
飛脚はもう顔見知りだった。
「また来ましたよ、桃次郎様。いやー、お兄様、今度はだいぶ先にいらっしゃるみたいで」
「ご苦労様です」
「お仕事ですから。でもこの手紙の差出人、なんか毎回ちょっと楽しそうなんですよね。筆跡が」
「……それは本人に言ってやってください」
封を切った。
記事も書かねば生まれない
俺は紙を見つめた。
「……何が生まれないんだ」
「何?」
サル吉が覗き込んだ。
「記事? 記事って何? 新聞でも出す気か兄貴」
「知らん。何を言いたいのか全くわからん」
ポチ兵衛が鼻を鳴らした。
「雉の事を言っているのでは」
「雉?」
「『記事』と『キジ』で駄洒落になっておるのだろう。あの男ならやりかねん」
俺はもう一度手紙を見た。
記事も書かねば生まれない。
雉も鳴かねば撃たれまい。
「……駄洒落だった」
「駄洒落であった」
「三通連続で駄洒落なのか兄貴」
「残念ながら」
サル吉が腹を抱えた。
「はーっはっは! ついに雉のターンってこと?」
「知らんが、嫌な予感しかしない」
*
嫌な予感は当たった。
海沿いの道を歩いていると、上空から声が降ってきた。
それはもう、やたらと通る声だった。
「聞きなさい! 行く路の旅人たちよ!」
「……何だ?」
「空を見よ! 大地を見よ! そして己の心に問え!」
「何が始まったんだ」
「真の美しさとは何か! 真の勇気とは何か! その答えは——ここにある!」
見上げると、一羽の雉が翼を広げて空を舞っていた。
虹色……とまではいかないが、かなり派手な羽根をしている。
目がきらきらしている。
表情に自信しかない。
「さあ、紹介しましょう! 誰もが待ち望んだこの瞬間! 山を越え! 海を渡り! みなさんのもとへ飛んできた!」
サル吉が呟いた。
「長い」
「あなたのハートを狙い撃ち! みんなのアイドル、キジ——」
パーン!
どこからか放たれた矢が、雉の近くをかすめた。
雉は回転しながら地面に落ちた。
「…………」
俺たちは黙って見ていた。
ポチ兵衛が冷静に言った。
「撃たれたな」
「撃たれましたね」
サル吉が首を傾げた。
「死んだ?」
「いや——」
数秒後、落ちた場所から派手な羽音がして、雉が飛び上がってきた。
何事もなかったかのように。
「ちょっと! 今の矢、危なくない!? 私の登場シーンだったのに!」
「……生きてるのか」
「当たり前でしょ! 私を殺せる矢はこの世にないわ!」
「いや、当たってないだけだろう」
「かすっても問題ないわ。慣れてるもの」
「慣れてるのか」
「自己紹介の途中で撃たれるの、もう七回目よ」
「七回目」
「雉も鳴かずば撃たれまい、って言うでしょ? あれ、嘘よ。鳴いても鳴かなくても撃たれるわ」
「体質なのか」
「宿命よ」
雉——キジ子は、俺たちの前に降り立った。
近くで見ると、確かに美しい雉だった。
羽根の色は深い緑と紫が混ざり合い、尾羽は長く、目は大きく、堂々とした佇まいだ。
ただし、口を開くと台無しになる。
「で、あなたたちは何者?」
「桃太郎家の桃次郎だ。鬼退治に向かっている」
「桃太郎家! あの桃太郎家!?」
「知ってるのか」
「知ってるも何も、桃太郎家の鬼退治って、すっごい注目度高いのよ! しかも長男が逃げて次男が代打って——え、これかなりいい話じゃない?」
「いい話ではない」
「ドラマ性があるって意味よ! 不屈の次男、兄の影を超えて鬼ヶ島へ——あたしの名乗りが映えるわ!」
「何がだ」
「この旅、注目度高いわよ! あたし、ついていく!」
「待て」
「待たない! もう決めた!」
「きびだんごも渡してないんだが」
「ちょうだい」
「早い」
「契約は迅速に締結すべきよ。芸能活動の基本だわ」
「芸能活動?」
「きびだんごは出演料代わりってことで」
「出演料……」
*
ポチ兵衛が低い声で言った。
「桃次郎。この雉、大丈夫か」
「大丈夫じゃないかもしれない」
「性格に問題がある」
「自覚はあるのか、あの雉は」
「ない。断言する」
サル吉は既にキジ子と意気投合していた。
「なーなー、キジ子ちゃんってさ、ファンとかいるの?」
「当然いるわ! 三つの山と二つの里で知られてる!」
「範囲狭くない?」
「今から広げるのよ! この旅に同行すれば、全国区になれるわ!」
「売名か」
「チャンスは掴みに行くものよ!」
頭が痛い。
だが——正直、空を飛べる偵察要員は欲しかった。
上空から広く見渡せるのは、旅において大きな武器になる。
キジ子の偵察能力が本物なら、かなりの戦力だ。
俺はきびだんごを差し出した。
「一つだ」
「やったー!」
キジ子はきびだんごを翼で器用に受け取った。
「契約成立ね! じゃあ改めまして——」
キジ子は深呼吸をした。
嫌な予感がする。
「あなたのハートを狙い撃ち! 鬼退治のマスコットガール! 空飛ぶスーパースター! 美の伝道師! みんなの——」
パーン!
また矢がかすめた。
キジ子は回転しながら地面に落ちた。
「…………」
サル吉が呟いた。
「名乗り、長すぎなんだよな」
ポチ兵衛が頷いた。
「雉も鳴かずば撃たれまい」
しばらくして、キジ子はまた飛び上がってきた。
「ちょっと! 二回目! 今日だけで二回目よ!」
「名乗りを短くしたらどうだ」
「無理! 短くしたら個性が死ぬ!」
「このままだとお前が死ぬ」
「大丈夫、慣れてるもの」
慣れるな。
*
犬・猿・雉。
フルメンバーが揃った。
揃ってしまった。
ポチ兵衛は真面目でうるさい。
サル吉は軽口でうるさい。
キジ子はアイドルでうるさい。
全員が別方向にうるさい。
静かなのは俺だけだ。
「さて、これで一行は完成ね!」
「完成というか——」
「犬! 猿! 雉! そして頼れるリーダーの桃次郎! まさに伝説の再来だわ!」
「伝説って」
「先代の桃太郎一行よ! あの栄光ある——」
「先代は俺の曽祖父だ。そしてあの鬼退治は、記録によると、だいぶ地味だったらしい」
「ロマンを壊さないで!」
キジ子は早速、上空からの偵察を始めた。
「ねえ、この先に港があるわ! 鬼ヶ島への渡し場もある!」
「本当か?」
「ええ! ただし、三日ほど船が出ないみたい。何か揉め事があるらしいの」
偵察能力は本物だった。
サル吉が感心した。
「へえ、やるじゃん」
「当然よ! 能力は本物なの! 性格が派手なだけで——」
「性格が問題なのでは」
「黙りなさい犬!」
一行は賑やかになりすぎた。
だが、情報収集の精度は確実に上がった。
犬の嗅覚、猿の偵察、雉の空からの広域索敵。
この三匹がいれば、鬼ヶ島までの道のりでそうそう不覚は取らないだろう。
問題は、道中がうるさいことだ。
非常にうるさい。
*
その夜、焚き火を囲みながら、俺はふと思った。
兄の手紙は三通。
そして仲間は三匹。
手紙が届くたびに、仲間が増えている。
「なあ、お前ら」
「なに、桃次」
「何でしょう、桃次郎殿」
「何? リーダー!」
「……兄の手紙、気づいたか。一通目の後に犬。二通目の後に猿。三通目の後に雉」
三匹が顔を見合わせた。
「偶然か?」
ポチ兵衛が考え込んだ。
「……偶然だろう。あの男にそこまでの計算があるとは思えん」
「でも面白いよな。兄貴が手紙で呼んでるみたいじゃん」
「呼んでいるわけがない。だが——」
「何だか運命的ね!」
「運命でも何でもない」
俺は焚き火を見つめた。
偶然だ。たぶん偶然だ。
兄にそこまでの意図があるとは思えない。
だが、兄の手紙が届くたびに何かが起きるのは事実だ。
兄は失踪している。
俺の前にはいない。
なのに、この旅を動かしているのは、兄の手紙だ。
失踪しているのに、存在感だけが強すぎる。
それが、兄——桃太郎という男だった。
「……くそ」
小さく呟いた。
ポチ兵衛だけが、耳をぴくりと動かした。




