第五話:生存の対価
任務完了から三時間後。
簡易治療室のベッドで、アキトは支給されたタブレット端末を睨みつけていた。
「……ふざけんなよ」
画面には、今回の任務『港湾倉庫ヘドロ殲滅』の報酬明細が表示されていた。
**【報酬明細書】**
* 基本報酬(ランクB):500,000円
* 危険手当:50,000円
* **小計:550,000円**
ここまではいい。問題はその下だ。
* **経費控除**
* スーツ簡易メンテナンス費:-150,000円
* 強酸汚染除去クリーニング費:-80,000円
* 医療費(鎮痛剤・皮膚再生処置):-50,000円
* 施設利用料(日割り):-10,000円
* 高カロリー調整食代(3食分):-30,000円
* 借金利息(日割り):-200,000円
* **控除合計:-520,000円**
**【差引支給額:30,000円】**
「命がけで化け物と戦って、ゲロみたいな味の肉食って、
挙句に残んのが三万だと? バイトの方がマシじゃねえか!」
アキトはタブレットを床に叩きつけたくなったが、
破損させれば『備品損壊費』を請求されることを思い出して踏みとどまった。
隣のベッドでは、ケイが静かに点滴を受けている。
彼は自分の明細を一度だけ見ると、無表情で画面を消した。
「騒ぐな、13号。契約書をよく読んでいない君が悪い」
「読もうとしたら『早くサインしろ』って急かしたのはあのメガネ野郎だろうが!」
「ここはそういう場所だ。生かさず殺さず、骨の髄まで搾り取る。
それがイージス製薬のシステムだ」
ケイの言葉は冷徹だったが、
その瞳の奥には諦観のような色が混じっていた。
「よう、元気そうじゃねえか」
不意に、病室のドアが開いた。
入ってきたのは白衣の研究員……ではない。
派手なスーツを着崩した、暴力団『黒嶺会』の借金取り、鮫島だった。
「鮫島……! お前、なんでここにいんだよ!」
「なんでって、そりゃあ『ビジネスパートナー』だからな」
鮫島はニヤニヤしながら、勝手にアキトのベッドの端に腰掛けた。
「イージス製薬さんは、いつだって新鮮な『材料』を欲しがってる。
俺たち黒嶺会は、返済不能になった多重債務者を有効活用させてやってる。
Win-Winの関係ってやつだ」
「てめぇ……俺たちを売ったのか」
「人聞きが悪いな。紹介してやったんだよ。おかげで死なずに済んでるだろう?」
鮫島は懐からタバコを取り出そうとして、
ここが禁煙の医療施設であることを思い出したのか、舌打ちして箱をしまった。
「今回の働きもモニターで見させてもらったぜ。なかなかいい動きだったな。
まるで競走馬を見てる気分だったよ」
「……」
「だがな、借金はまだ2990万以上残ってる。今日の稼ぎじゃ、
利息を払ってチャラだ。一生ここで飼い殺しかもしれねえな」
鮫島はアキトの頬を軽く叩いた。
「頑張れよ、俺の可愛いお馬さん。稼げなくなったら、
次はスーツの『餌』として処分されるだけだからな」
そう言い残して、鮫島は部屋を出て行った。
アキトは拳を握りしめ、シーツが破れるほど強く鷲掴みにした。
「……クソがッ!」
殺してやりたい。鮫島も、葛城も、この腐ったシステムを作った連中も全員。
だが、今の自分には首輪がついている。
どうすればいい。どうすれば、この地獄から抜け出せる。
「……悩み事ですか?」
スピーカーから、あの神経質な声が響いた。
モニターに葛城の顔が映る。部屋の監視カメラで見ているのだ。
「盗み聞きとはいい趣味だな、葛城」
「施設の管理は私の責務ですから。……ところで13号、
先程の鮫島さんの言葉で、現状への理解が深まったようですね」
「ああ、おかげさまでな。地道に働いても一生出られないってことがよく分かったよ」
アキトが皮肉を言うと、葛城は口元を歪めて笑った。
「そう悲観することはありません。
実は、君たちのような『優秀な』適合者のために、
特別なミッションを用意してあるのです」
画面に、一枚の資料が表示された。
**【特別指定任務:コード『ネメシス』】**
**【推定危険度:ランクA+】**
**【成功報酬:30,000,000円(即時完済・免責適用)】**
「三千万……!?」
アキトの目が釘付けになる。
これ一度で、借金が全て消える。
横で聞いていたケイが身を乗り出した。
「待て、13号。その任務は罠だ」
ケイの声が鋭くなる。
「ランクAオーバーの個体など、過去に討伐例がない。
以前の適合者チームは、その任務で全滅したと聞いている」
「おや、よく知っていますね氷室君」
葛城は悪びれもせずに言った。
「確かに生存率は極めて低い。君たちの前任者、
6名のチームは……まあ、残念な結果になりました。
ですが、ハイリスク・ハイリターンは世の常でしょう?」
アキトは明細書の『30,000円』と、特別任務の『30,000,000円』を見比べた。
地道にドブ攫いをして死ぬまで搾取され続けるか。
死ぬ確率の高い博打に出て、一発逆転を狙うか。
「……やるぜ」
アキトは呟いた。
「13号、正気か!」
「止めるな、先生。俺はな、チマチマした借金生活なんざ性に合わねえんだよ」
アキトはモニターの中の葛城を睨みつけた。
「その『ネメシス』とかいう化け物、俺が食い殺してやる。準備しとけ」
「素晴らしい決断です。期待していますよ」
葛城の満足げな笑と共に、モニターが消えた。
静寂が戻った病室で、アキトは天井を見上げた。
賽は投げられた。
もう、後戻りはできない。




