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第四話:暴食の泥濘

港湾地区の倉庫街は、死んだように静まり返っていた。

潮風に混じって、腐った魚と化学薬品を煮詰めたような異臭が漂ってくる。


「……臭ェな」


アキトは鼻をつまみながら、錆びついた倉庫の扉を蹴り開けた。

中は薄暗く、天井の高い空間にコンテナが乱雑に積み上げられている。


「換気システムが死んでいる。ガス濃度が高い。長居は無用だ」


ケイが冷静にバイザーの数値を読み上げながら続く。

ブルーのスーツは暗闇の中で淡く発光し、周囲の地形をスキャンしていた。


「で、お目当ての化け物はどこに……」


アキトが言いかけた時だった。

天井から何かが「ボタッ」と落ちてきた。

それは床に広がると、アスファルトをジューッと音を立てて溶かし始めた。


「上だ!」


ケイの警告と同時に、二人は左右に跳んだ。

直後、彼らがいた場所に大量の「ヘドロ」が降り注いだ。


倉庫のはりにへばりついていたのは、不定形の肉塊だった。

ドロドロに溶けた排泄物のような身体。その表面には、

取り込んだであろうドラム缶や鉄パイプが浮き沈みしている。


『バイオ・ビースト、タイプ・アモルファス(不定形)。推定ランクB』


ヘルメット内のAIが警告音を鳴らす。


「うへぇ、趣味の悪ぃとこだな。葛城の野郎、こんなのばっか寄越してきやがる」


「文句を言うな。来るぞ」


ヘドロの怪物が波打つように動き、触手を伸ばして襲いかかってきた。

アキトは真正面から突っ込んだ。


「オラァッ!!」


右腕を膨張させ、渾身の一撃を叩き込む。

だが、手応えはなかった。

拳はズブズブと汚泥の中に沈み込み、衝撃が全て吸収されてしまう。


「なっ!?」


「打撃は無意味だ! 物理耐性が高すぎる!」


ケイが叫びながら、自らのブレードで触手を切り裂く。

だが、切断面は瞬時に液体状になって再結合し、元通りになってしまう。

斬っても殴っても、暖簾のれんに腕押しだ。


「厄介ってのはこういうことかよ……!」


アキトが舌打ちして距離を取ろうとした瞬間、

泥の中から無数の針のようなとげが発射された。

避けきれず、数本がアキトの肩と太腿に突き刺さる。


「ぐっ!」


スーツの装甲が溶かされる嫌な音がした。酸だ。

激痛が走るが、それ以上にアキトを戦慄させたのは、背中の「奴」の反応だった。


《……うまそう……食わせろ……》


脳内に響く声。

それは痛みではなく、食欲だった。

アキトのスーツの肩口、装甲の継ぎ目が勝手に開き、

ギザギザの歯のような器官が露出する。

敵の酸を「ご馳走」だと認識して、摂取しようとしているのだ。


「ふざけんな! 俺はこんな汚ねえモン食いたくねえぞ!」


アキトは吐き気を堪えながら、必死に自分の身体を制御しようとした。

だが、スーツはアキトの意思を無視して、敵の方へと身体を引っ張っていく。


「13号! 何をしている、離れろ!」


「身体が勝手に……ッ! クソが!」


暴走しかけるアキトを見て、ケイが瞬時に判断を下した。


「13号、奴のコアは流動体の中を移動している!

僕が引きつける。君はその隙に核を掴み出せ!」


「ああん? どうやって掴むんだよ!」


「気合で掴め! 君のスーツなら、酸ごとき消化できるはずだ!」


「医者の言うセリフかよ、それが!」


ケイが超高速で走り出した。

壁を蹴り、コンテナの上を跳ね回り、残像を残して攪乱かくらんする。

ヘドロの怪物は素早い獲物に気を取られ、身体を薄く伸ばして追いかけ始めた。


「今だ!」


ケイの合図。

アキトは覚悟を決めた。

スーツの「食欲」に身を任せる。

理性を少しだけ緩めると、右腕が異形に変化した。

指が長く鋭く伸び、てのひらに捕食用の口が裂ける。


「いただきまぁーすッ!!」


アキトはヘドロの中に右腕を深々と突き刺した。

強烈な腐臭と熱。

皮膚が焼ける感覚と共に、泥の中を泳ぎ回る硬い「何か」に触れた。


《見つけた……!》


スーツが歓喜する。

アキトはそれを鷲掴みにし、力任せに引きずり出した。


「ギギギギギギッ!?」


怪物が不協和音のような悲鳴を上げる。

アキトの手の中にあるのは、脈打つ紫色の心臓のような核だった。


「返すぜ、テメェの命!」


ベチャリ、と核を握り潰す。

その瞬間、巨大なヘドロの山は形を保てなくなり、

ただの汚水となって床に広がった。


「……はぁ、はぁ……」


アキトは膝をついた。

右腕がズキズキと痛む。

だが、それ以上に……。

スーツが、床に広がった怪物の死骸(液体)を吸い上げようとしていた。

足の裏、手のひら、あらゆる接触面から栄養を摂取しようとする。


「……オェッ」


強烈な満腹感と、生理的な嫌悪感が同時に襲ってくる。

他人のゲロを無理やり飲まされたような感覚だ。


「……適合率が上がっているな」


ケイが近づいてきて、アキトの様子を見下ろした。

その目は、汚物を見るようでもあり、哀れむようでもあった。


「その調子なら、すぐに借金も返せるだろう」


「……うるせえ。もう二度とごめんだ」


アキトは口元の胆汁たんじゅうを拭った。

倉庫の外では、夜明け前の空が白み始めていた。

だが、二人の男たちの夜は、まだ明ける気配がなかった。

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