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第三話:共喰いの晩餐

戦闘終了から一時間後。

そこは「メンテナンスルーム」と呼ばれているが、

実態は家畜の洗浄場に近かった。


「……ッ、ぐぅ……ッ!」


冷水が高圧洗浄機から噴射され、アキトの生身の背中を打つ。

スーツとの結合部であった脊髄周辺は、

火傷のようにただれて赤黒くなっている。

そこに冷水を浴びせられる激痛は、拷問に等しい。


「動くな、検体13号。洗浄が終わらない」


防護服を着た職員が、無機質な声で告げる。

隣のブースでは、ケイが無言で壁に手をつき、小刻みに震えながら耐えている。

彼の背中もまた、見るに堪えない惨状だった。


洗浄が終わると、次は「給餌」だ。

首筋にあるスーツ接続用ポート(埋め込み式のソケット)に、

太い注射針がねじ込まれる。

ドロリとした蛍光色の液体――高濃度の栄養剤と、

スーツの暴走を抑える抑制剤の混合液――が血管に流し込まれる。


血管を氷が流れるような寒気と、内側から焼かれるような熱さが同時に襲う。


「……最悪だ」


アキトは床に崩れ落ちそうになるのを堪え、荒い息を吐いた。

人間としての尊厳など、ここにはない。

あるのは、兵器としての「整備」だけだ。




カフェテリアでの食事は、唯一の休息時間……のはずだった。


トレーに載せられているのは、

正体不明のブロック肉と、サプリメントの錠剤、そして水。

肉は妙に赤く、繊維質で、どこか薬品のような臭いがした。


「……これ、何の肉だと思う?」


アキトがフォークで肉の塊を突きながら尋ねる。

向かいの席で、ケイは無表情に肉を切り分けていた。

ナイフの使い方が、ステーキを食べているというよりは、

解剖をしているように見える。


「成分分析表によれば、高タンパク・高カロリーの合成肉だ。

ベースは牛や豚ではない。恐らく、培養細胞だろう」

「へえ。何の細胞だよ」

「……知らない方が幸せなこともある」


ケイはそれ以上語らず、肉片を口に運んだ。

アキトも観念して肉を頬張る。

味はしない。ゴムを噛んでいるようだ。

だが、胃袋に落ちた瞬間、身体の奥底

――正確には背中のスーツの痕跡――が歓喜に震えた。


《もっと……もっとだ……寄越せ……》


脳内に響く飢餓感。

アキト自身の空腹ではない。スーツが、栄養を求めているのだ。

ゾッとするほどの食欲が湧き上がり、アキトは無我夢中で肉を貪り食った。

まるで、獣のように。


「ギャアアアアアアアッ!!」


突如、食堂の隅で悲鳴が上がった。

振り返ると、一人の男が床の上でのたうち回っている。

男の左腕が、ボコボコと膨れ上がっていた。

皮膚の下で何かが蠢き、血管が破裂して血が噴き出す。


「熱い! 熱いッ! 誰か、助けてくれえええッ!」


「おい!」

アキトが立ち上がろうとするが、ケイが鋭い声で制した。

「座っていろ。手遅れだ」


直後、警備兵たちが雪崩れ込んできた。

彼らは躊躇なく男を取り押さえ、スタンバトンを押し当てる。

バチバチという放電音と共に、男は白目を剥いて痙攣し、動かなくなった。


「検体40号、適合率低下による拒絶反応を確認。廃棄処分とします」


事務的なアナウンス。

警備兵たちは、まるでゴミ袋でも運ぶように、男の足を掴んで引きずっていった。

床に残された血の跡を、清掃ロボットがすぐに拭き取っていく。


食堂の他の「ボランティア」たちは、誰も声を発しなかった。

ただ、自分たちの食器を見つめ、黙々と手を動かし続けている。

明日は我が身だ。全員がそう理解していた。


「……共喰いだな」


アキトはポツリと呟いた。

今食べているこの肉も、あの連れ去られた男も、自分たちも。

全てはイージス製薬という巨大な怪物の胃袋の中だ。


「諸君、食事の手を止めて申し訳ない」


食堂のモニターに、葛城の顔が映し出された。

相変わらず、人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべている。


「急な任務だ。港湾地区の倉庫街に大型の反応があった。

推定ランクはB。ただし……少々『厄介な』個体らしい」


葛城は楽しそうに目を細めた。


「準備したまえ。1時間後に出撃だ。期待しているよ、我が社の『ヒーロー』たち」


プツン、と通信が切れる。

アキトは残った肉を無理やり喉に押し込み、水を飲み干した。


「……行くぞ、先生。仕事の時間だ」

「ああ。……借金を返すまでは、死ぬわけにはいかないからな」


二人は立ち上がる。

その背中には、見えない死神が張り付いているようだった。

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