ミリィ編 第二十二章 エアリスの友達⑤ 帰宅
「……次は」
ミリィが、勇気を出すように言う。
「今度は……私が、エアリスの家に行ってもいいですか?」
「もちろん」
「……本当に?」
「うん。歓迎するよ」
ミリィは、その返事を聞いて、心から嬉しそうに笑った。
その笑顔は、最初に出会った時の緊張したものとは、まるで別人のようだった。外では、夕暮れの色が畑を包み込み始めていた。
「じゃあ……今日は、そろそろ帰らないとですね」
ミリィが名残惜しそうに言った。
「うん、暗くなる前に帰らないとね」
エアリスは立ち上がり、窓の外をもう一度見た。畑の向こうでは、夕焼けが空を赤く染め、遠くで鳥が帰りを急ぐように鳴いている。
ミリィは慌てて立ち上がり、戸棚から小さな包みを取り出した。
「……これ」
「……?」
「焼き菓子です。少ししかないですけど……」
「え、いいの?」
「はい。今日は……すごく、楽しかったので」
ミリィは両手で包みを差し出した。その仕草は少しぎこちないが、そこに込められた気持ちははっきり伝わってくる。
「ありがとう」
エアリスは包みを受け取り、にこりと笑った。
「大切に食べるね」
ミリィは、その言葉を聞いてほっとしたように肩の力を抜いた。
家の外に出ると、土の匂いが夕暮れの空気に混じっていた。昼間とは違い、風は少し冷たく、畑の間を静かに流れている。
「……エアリス」
歩き出してしばらくしてから、ミリィが小さな声で呼びかけた。
「なに?」
「……私、今日、ちゃんと話せてましたか?」
「うん」
エアリスは返事した。
「いっぱい話してたよ」
「……本当ですか?」
「本当。本当に」
ミリィは少し驚いたように目を見開き、それから、安心したように微笑んだ。
「……よかった」
その表情を見て、エアリスは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(この子……ずっと、一人で我慢してたんだな)
そう思うと、自然と歩幅を合わせたくなる。
「ねえ、ミリィ」
「はい」
「次は、学校の帰りに一緒に帰ろうよ」
「……!」
ミリィの足が、ぴたりと止まった。
「……いいんですか?」
「もちろん」
「……迷惑じゃ……」
「全然」
エアリスは、少しだけ強めに言った。
「私は、そうしたい」
ミリィは、しばらく黙ってから、深く頷いた。
「……はい。ぜひ」
その返事は、小さくても、はっきりしていた。
分かれ道に差し掛かり、ミリィの家へ向かう道と、エアリスの帰り道が分かれる。
「じゃあ……また、明日」
「うん。また明日」
ミリィは何度も振り返りながら、家へと走っていった。その背中を見送りながら、エアリスは静かに息を吐いた。
(友達ができるって……こういう感じなんだ)
胸の中に、確かな実感が残っていた。
ミリィと別れてから、エアリスは一人で家路を歩いていた。夕暮れの道は静かで、昼間の賑やかさが嘘のようだった。畑のあぜ道に落ちる影が長く伸び、風が通るたび、作物の葉がさわさわと音を立てる。
(……友達、か)
胸の中で、その言葉をそっと転がしてみる。
これまで、エアリスにも友達がいなかったわけではない。けれど、今日ミリィと過ごした時間は、どこか違って感じられた。
困っているところに声をかけて。一緒にお茶を飲んで。何気ない話をして。それだけなのに、こんなにも心が軽い。
「……不思議」
思わず、独り言がこぼれた。
ミリィが、少しずつ表情を緩めていく様子。最初は遠慮がちだった声が、だんだんはっきりしていったこと。魔術や授業の話をする時、楽しそうに目を輝かせていたこと。
(あの子、本当は、話すのが好きなんだ)
そう思うと、胸の奥がまた温かくなる。
家が見えてくると、玄関先から聞き慣れた声がした。
「エアリス?」
母の声だ。
「おかえりなさい。今日は少し遅かったわね」
「うん、友達の家に寄ってたの」
「友達?」
母は少し驚いたように目を瞬かせた。
「ええ。女の子?」
「うん。ミリィっていうの」
エアリスがそう答えると、母はふっと微笑んだ。
「そう……よかったわ」
その一言には、心からの安堵が滲んでいた。
夕食の支度を手伝いながら、エアリスは友達になった日の出来事を少しずつ話した。水溜まりで転んでいたこと。ヒーリングをかけたこと。風魔術で靴とスカートを乾かしたこと。
「……優しい子ね」
母は鍋をかき混ぜながら、静かに言った。
「エアリスも、ちゃんと人を見て行動できてる」
その言葉に、エアリスは少し照れた。
「……当たり前のことをしただけだよ」
「その“当たり前”が、できない人も多いのよ」
夕食を終え、自分の部屋に戻った後も、エアリスの頭の中にはミリィの顔が浮かんでいた。
(明日、一緒に帰れるかな)
そう思うと、自然と頬が緩む。友達ができるって、こんな気持ちなんだ。
その夜、エアリスはいつもより少しだけ、早く眠りについた。明日が来るのが、少し楽しみで。
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