ミリィ編 第二十二章 エアリスの友達④ 人見知り
焼き菓子を食べ終えたあとも、二人はしばらく席を立たなかった。窓から差し込む午後の光が、机の上に柔らかな影を落としている。
「……エアリス」
ミリィが、少しだけ声を落とした。
「はい?」
「その……友達って、どういう感じなんでしょうか」
唐突な問いだった。ミリィは視線を指先に落とし、机の木目をなぞるようにしている。
「友達……?」
エアリスは少し考えた。
「うーん……一緒にいて、緊張しなくていい人、かな」
「緊張……」
「うん。無理に話さなくてもいいし、黙ってても気まずくない」
そう言って、エアリスは小さく笑った。
「ミリィと話してると、そういう感じがするよ」
その言葉に、ミリィは目を見開いた。
「……本当、ですか?」
「うん」
即答だった。
「最初に会った時は、ちょっと緊張してたけど……今は、全然」
ミリィは、しばらく黙り込んだあと、ぽつりと言った。
「……私、人見知りなんです」
「知ってるよ」
「え?」
「最初、声かけた時、すごく固まってたから」
エアリスがそう言うと、ミリィは思わず顔を赤くした。
「や、やっぱり……」
「でもね」
エアリスは、言葉を選びながら続ける。
「話し始めると、ちゃんと自分のこと話してくれるし、聞いてくれるし……だから、安心する」
ミリィの肩が、ほんの少しだけ緩んだ。
「……そんなふうに、思ってもらえるなんて」
「思ってるよ」
エアリスは、当たり前のように言った。
その沈黙は、不思議と心地よかった。外からは、風に揺れる畑の音が、微かに聞こえてくる。
「……エアリス」
「なに?」
「エアリスの家って、どんな感じなんですか?」
「うちはね、お母さんがいつも家にいるよ」
「……いいですね」
その言葉には、羨ましさが滲んでいた。
「でも、その分、ちょっと心配性かも」
「それでも……一人じゃないのは、いいです」
ミリィはそう言って、窓の外を見た。
「ここ、広いけど……昼間は、すごく静かなんです」
「……そっか」
エアリスは、それ以上踏み込まなかった。代わりに、少し明るい声で言う。
「でも、今は一人じゃないよ」
ミリィは、ゆっくりとエアリスを見る。
「……はい」
その返事は、少しだけ強かった。
「……ねえ、ミリィ」
「はい」
「今度さ……ルーメンも一緒に遊ばない?」
ミリィの目が、ぱっと輝いた。
「ルーメン……エアリスと同い年の?」
「そう。魔術、すごいよ」
「……お話、してみたいです」
そう言ってから、少し恥ずかしそうに付け加える。
「……三人なら、もっと楽しい、ですよね」
「うん。絶対楽しい」
エアリスは、確信をもって言った。
その瞬間、ミリィの表情から、迷いが消えた。
「……楽しみです」
その声は、心からのものだった。
エアリスは、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じる。
(……友達が増えるって、こういうことなんだ)
そんなことを思いながら、二人はまた、他愛もない話を続けた。外の空は、ゆっくりと夕方の色へと変わり始めていた。
しばらく話しているうちに、窓の外の光は少しずつ傾き始めていた。畑の向こうで風が吹くたび、作物の葉が擦れ合う音が、部屋の中まで届いてくる。
「……もう、こんな時間」
ミリィが、窓の外を見て呟いた。
「ほんとだ」
エアリスも同じように外を見て、思わず笑った。
「時間、経つの早いね」
「はい……こんなに早く感じたの、久しぶりです」
ミリィはそう言ってから、少しだけ困ったように微笑んだ。
「普段は、放課後も……時間が、すごく長く感じるので」
「一人だと、そうなるよね」
エアリスは自然にそう返した。
その言葉に、ミリィは小さく頷く。
「……エアリスが来てくれて、よかったです」
「私もだよ」
エアリスは迷わず答えた。
「ミリィの話、もっと聞きたいし」
「……え?」
「畑のこととか、水魔術のこととか」
ミリィは一瞬驚いたような顔をしたあと、照れたように視線を逸らした。
「水魔術は……まだ、うまく使えなくて」
「でも、ウォーターボールとウォータースプラッシュ、使えるんでしょ?」
「はい……でも、威力も、形も、安定しなくて」
「それなら」
エアリスは、少し楽しそうに言った。
「今度、ルーメンに聞いてみよう」
「……いいんですか?」
「もちろん。あの人、教えるの好きだから」
ミリィは、その言い方にくすっと笑った。
「ルーメンさん……優しそうですね」
「うん。ちょっと鈍いけど」
「……鈍い?」
「気にしないで」
二人で顔を見合わせて、また小さく笑う。
その空気が落ち着いた頃、ミリィは少し真剣な表情になった。
「……エアリス」
「なに?」
「私……今まで、友達と、こんなふうに話したこと、あまりなくて」
「そうなんだ」
「だから……どう接したらいいのか、分からなくなる時があって」
その声は、小さく震えていた。
エアリスは、少しだけ考えてから言った。
「難しく考えなくていいと思うよ」
「……?」
「今みたいに話して、楽しいって思えたら、それでいい」
ミリィは、その言葉を胸の中で確かめるように、ゆっくりと頷いた。
「……楽しい、です」
「でしょ」
エアリスは笑った。
「それが、一番大事」
ミリィは、その笑顔を見て、胸の奥が少し軽くなるのを感じた。
(……友達って、こういうものなのかもしれない)
そう思うと、これまで感じていた孤独が、少しずつ遠ざかっていく気がした。
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