ミリィ編 第二十二章 エアリスの友達③ ミリィの家
後日、学校の帰り道、ミリィはいつもより少し早足だった。
空は高く、雲はゆっくりと流れている。季節の変わり目らしく、風は涼しくもあり、どこか柔らかい。
(……エアリス、ちゃんと来てくれるかな)
胸の奥で、ほんの少しだけ緊張が広がる。約束したのは数日前のことだが、エアリスにとっては、久しぶりの「誰かの家へ遊びに行く約束」だった。
道の先に見える畑の向こう。あの日見た、大きな屋敷が視界に入る。
「……あ、いた」
門の前で、きょろきょろと辺りを見回している少女がいた。茶色の髪を揺らし、両手を胸の前でそわそわと動かしている。
「ミリィ!」
声をかけると、ミリィははっと顔を上げた。
「エ、エアリス!」
その瞬間、表情がぱっと明るくなる。
「来てくれて、ありがとうございます!」
「うん。約束したもんね」
エアリスがそう言うと、ミリィは何度も小さく頷いた。
「……今日は、誰も家にいなくて。親も畑で忙しいし……でも、お母さんが、焼き菓子を作ってくれてて」
そう言って、少しだけ胸を張る。
「一緒に、食べませんか?」
「焼き菓子?」
エアリスの目が、わずかに輝いた。
「それは……すごく美味しそうだね」
ミリィは嬉しそうに笑い、門を開けた。
屋敷の中は、外から見た以上に広かった。廊下は丁寧に磨かれ、木の床からはほのかな香りがする。
「……人、いないんだね」
エアリスがそう言うと、ミリィは少しだけ肩をすくめた。
「はい。昼間は、ほとんど……」
言葉の続きを、あえて飲み込んだようだった。
その様子に、エアリスは話題を変える。
「でも、すごく綺麗な家だね。大切にされてる感じがする」
ミリィは、少し安心したように頷いた。
「……そう言ってもらえると、嬉しいです」
エアリスは居間へ通された。
木の机の上には、布をかけた籠が置かれている。
「これです」
ミリィが布を取ると、甘い香りがふわりと広がった。素朴な焼き菓子が、いくつも並んでいる。
「わあ……」
エアリスは思わず声を上げた。
「これ、お母さんが?」
「はい。私が友達を連れてくるって言ったら、張り切っちゃって」
ミリィは照れたように笑う。
二人は向かい合って座り、焼き菓子を手に取った。
「いただきます」
「……いただきます」
一口食べた瞬間、エアリスは目を細めた。
「……おいしい」
「ほんとですか?」
「うん。優しい味」
その言葉に、ミリィはほっとしたように息を吐いた。
「良かった……」
それから、二人は少しずつ話し始めた。学校の授業のこと。苦手な教科のこと。好きな時間の過ごし方。
「ミリィは、水魔術なんだよね?」
エアリスが聞くと、ミリィは頷いた。
「はい。初位のウォーターボールと、中位のウォータースプラッシュだけですけど……」
「中位、もう使えるんだ」
「……練習、好きなので」
そう言ってから、少し困ったように笑う。
「剣術は、あんまり……」
「私もだよ」
エアリスは即答した。
「剣、重いし……うまく振れないし」
ミリィはその言葉に、くすっと笑った。
「同じですね」
その笑顔は、すっかり打ち解けたものだった。
(……良かった)
エアリスは、心の中でそう思った。
この家に来る前に感じていた不安は、もうほとんど消えている。二人の間には、ゆっくりと、確かな距離が縮まっていた。




