ミリィ編 第二十二章 エアリスの友達① 二人の出会い
第二十二章 エアリスの友達
その日の帰り道は、いつもより少しだけ空が低く感じられた。
昼間に降った雨がまだ完全には乾ききっておらず、土の道にはところどころ浅い水溜まりが残っている。
雲の切れ間から差し込む夕方の光が、水面に反射してきらきらと揺れていた。
エアリスは、学校での出来事を頭の中で反芻しながら、ゆっくりと家路を歩いていた。
授業の内容、先生の声、友達との何気ない会話。特別なことはなかったはずなのに、胸の奥が落ち着かない。
理由は分からない。ただ、いつもより足取りが慎重になっていた。
雨上がりは、足元に気をつけないと。そんなことを考えながら視線を落とした、その時だった。
前方の水溜まりのそばで、誰かが立ち尽くしているのが目に入った。
小柄な女の子だった。茶色の髪が肩のあたりで揺れ、制服のスカートの裾は少し濡れて重たそうに張り付いている。
片足に体重をかけないようにしているのか、姿勢がどこか不自然だった。
(……あれ?)
エアリスは自然と足を止めた。女の子は周囲をきょろきょろと見回しているが、助けを呼ぶでもなく、ただ困ったように唇を噛みしめている。
迷ってる?それとも、怪我?
胸の奥が、きゅっと締めつけられる放っておけない、という気持ちが、考えるよりも先に体を動かしていた。
エアリスは小走りで近づき、相手の顔を覗き込む。
「……もしかして、ミリィ・アクアレーンさんじゃない?」
声をかけると、女の子ははっとしたように顔を上げた。驚きと、少しの安堵が混じった表情だった。
「え……あ、はい……」
声は小さく、どこか遠慮がちだ。
「どうしたの? 大丈夫?」
エアリスは相手の目線に合わせるように、少し身をかがめた。
ミリィと呼ばれた女の子は、一瞬言葉を探すように視線を泳がせてから、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「……その、恥ずかしい話なんですけど……」
そう前置きして、ゆっくりと話し始める。
「考え事をしながら歩いてたら、この水溜まりで足を滑らせちゃって……。足は痛むし、靴もスカートも濡れちゃって……それで、動けなくなってしまって……」
言い終える頃には、声がさらに小さくなっていた。
ミリィは自分の足元を見つめ、ぎゅっとスカートの端を握りしめている。
エアリスは一瞬、水溜まりとミリィの足元を見比べた。ぬかるんだ地面、濡れた靴、そして体重をかけていない右足。
(……やっぱり)
「足の、どこが痛むの?」
そう尋ねると、ミリィは少し躊躇ってから、右足首を指さした。
「……ここです」
エアリスは頷いた。
「わかった。すぐ治してあげるからね」
その声には、迷いはなかった。
ミリィは一瞬目を見開き、戸惑ったようにエアリスを見つめる。
「え……?」
「大丈夫。ちょっとだけ、じっとしてて」
エアリスはミリィの前に膝をつき、そっと足首に手を伸ばした。冷たい水と土の感触が伝わってくる。
(捻挫だね……軽いけど)
エアリスは静かに息を整え、詠唱を始める。
「我が御霊より、このものに、癒しの力を……ヒーリング」
淡い光が、エアリスの手のひらから溢れ、ミリィの足首を優しく包み込む。光は決して眩しすぎず、夕方の空気に溶けるように、静かに揺れていた。
ミリィは息を詰めてその様子を見つめていたが、やがて、はっとしたように声を上げた。
「……あ……」
エアリスが手を離す。
「どう?」
ミリィは恐る恐る足に体重をかけてみた。
次の瞬間、表情がぱっと明るくなる。
「すごい……! 痛みが、消えました……!」
その声には、驚きと純粋な感動が混じっていた。
エアリスはほっとして微笑む。
「よかった」
そう言ってから、ミリィの濡れた靴とスカートに視線を向ける。
「それじゃあ、次はこれだね。靴とスカートも乾かしてあげるよ」
「え、そこまで……?」
「大丈夫、大丈夫」
エアリスは立ち上がり、今度は風魔術の詠唱に入る。
「大地を駆け巡る風の力を、今ここに……ウインドブリーズ」
柔らかな風が何度か吹き抜け、濡れていた布地から水気を運び去っていく。風は強すぎず、ミリィの髪をふわりと揺らす程度だった。
やがて、靴もスカートも、すっかり乾いた。
ミリィは信じられない、というように自分の服を見下ろし、それからエアリスを見上げた。
「……ありがとうございます……エアリス・ゼフィラさん……」
名前を呼ばれ、エアリスは少し照れたように笑う。
「気にしないで。困ってる人を助けるのは、当たり前だよ」
だがミリィは、首を小さく横に振った。
「それじゃ、申し訳ないです……。ぜひ、今度、家に来てください。お礼をさせてくださいから」
エアリスは一瞬言葉に詰まった。
「え……? いや、そんな……」
だがミリィは真剣な表情で続ける。
「それが無理なら……その……」
一度息を吸って、意を決したように言った。
「……私の、友達になってくれませんか?」
エアリスは、その言葉に一瞬目を瞬かせた。そして、すぐに柔らかく微笑む。
「うん。友達になろうよ」
ミリィの顔が、ぱっと明るくなる。
「私のことは、エアリスって呼んでね」
「……はい。じゃあ、私のことも、ミリィって呼んでください」
二人は、少し照れながらも、そっと手を差し出し、ぎこちなく握手を交わした。その瞬間、雨上がりの空気が、ほんの少しだけ温かくなったように感じられた。
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