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ミリィ編 閑話

ミリィ編

閑話

今日は、セリナ姉の十歳の誕生日だ。

朝から家の中の空気が、いつもと少し違っていた。母さんの足取りは軽く、台所から聞こえる物音も、どこか楽しげだ。父さんも普段より早く起きていて、何度も窓の外を確認している。まるで、大切な来客でも待っているみたいだった。


俺はというと、部屋の隅でその様子を眺めながら、胸の奥がそわそわして落ち着かなかった。

俺はもうすぐ八歳になるけれど、今日の主役は間違いなくセリナ姉だ。


誕生日自体は、毎年祝ってきた。豪華な料理もあったし、ささやかな贈り物もあった。

でも、今年は違う。

それは、子どもながらにもはっきり分かるほどだった。


両親の表情が、どこか改まっている。楽しさの中に、責任の重さみたいなものが混じっている。

朝食を終え、居間に集まったとき、母さんがゆっくりと口を開いた。


「セリナ。あなたは、あと二年したらイーストレイクの街の学校に行くのよ」

その言葉に、セリナ姉は背筋を伸ばした。驚いた様子はない。たぶん、前から何となく分かっていたのだと思う。


「十二歳になったらね、自分の進みたい道の学部に入らなきゃいけないの。その前に、そろそろ将来の天職について考え始める時期なのよ」

母さんの声は優しかったけれど、内容ははっきりしていた。遊びの延長じゃない。これから先の人生の話だ。


「十二歳になったら、魔相水晶に判断してもらうの。あなたに合った道をね」

その言葉に、俺は少しだけ息を呑んだ。

魔相水晶――それは、努力や夢だけでは抗えない“指針”を示すものだ。


「でもね」

母さんは、少しだけ間を置いた。

「魔相水晶が違う道を示しても、努力次第で、自分の望む道に進むことはできるわ。大事なのは、考えること。覚悟を持つことよ」

その視線は、まっすぐにセリナ姉を見ていた。


「セリナは、剣術の道に進みたいのよね」

セリナ姉は、少しだけ考えるように目を伏せてから、頷いた。

「そうね。剣術は、極めたいと思ってる。でも……その先は、まだ分からないの」

その答えは、子どもらしくもあり、同時にとても誠実だった。

「父さん、母さん。その時は、相談に乗ってね」

父さんと母さんは顔を見合わせ、そして揃って笑った。

「もちろんだ」

「何でも聞いてちょうだい。任せておきなさい」

その言葉に、居間の空気が少しだけ和らぐ。


その直後、父さんが静かに立ち上がり、部屋の奥から何かを持ってきた。

布に包まれた、細長いもの。

父さんが持ってきた布包みは、思っていた以上に重そうだった。両手で丁寧に抱え、ゆっくりとテーブルの上に置く。その動き一つひとつに、無駄がなく、慎重さが滲んでいる。

母さんも、自然と一歩引いた位置に立った。

その場にいる全員が、これから何が起きるのかを理解しているようだった。

父さんは、包みの端を静かに解く。布がほどける音が、やけに大きく聞こえた。


現れたのは、剣だった。

飾り用のものじゃない。子ども向けの模造品でもない。鞘に収められたその剣からは、はっきりと“本物”の気配が伝わってくる。金属の冷たさと、長い時間を想定して作られた重み。

俺は思わず息を止めた。

セリナ姉も、目を見開いたまま、しばらく言葉を失っている。


父さんが、低く落ち着いた声で言った。

「イーストレイクの鍛治職人に、特注で作ってもらった真剣だ」


真剣、その言葉が、はっきりと胸に落ちた。

「将来、セリナが剣の道を選んだ時から使う剣だ。今すぐ振り回すためのものじゃない」

父さんは、剣に手を添えながら続ける。

「だから、決まりを守ること。決して乱暴に扱うな」


その視線は厳しかったが、怒っているわけじゃない。むしろ、覚悟を確かめるような眼差しだった。

「剣はな、人となりを現す」

その言葉に、部屋の空気が一段と引き締まる。

「心が汚れていれば、剣も汚れる。力を誇るためだけに使えば、ただ人を傷つける道具になる」

父さんは、少しだけ言葉を区切った。

「だが、優しい心が強ければ――剣は人を守る。迷う者を導く力にもなる」


俺は、その言葉を聞きながら、これまでのセリナ姉の姿を思い浮かべていた。

泣いたら真っ先に駆け寄ってくれること。

無理をしてでも、俺やエレナを庇おうとする背中。

(セリナ姉なら……)


そう思った瞬間、父さんの声が続く。

「だから、心しておきなさい。剣を持つということは、自分の在り方を問い続けるということだ」

セリナ姉は、ゆっくりと剣に近づいた。一度、母さんの方を見る。母さんは、静かに頷いた。セリナ姉は、両手で剣を受け取る。その手は、少し震えていた。


「……わかったわ」

声は小さかったが、はっきりしていた。

「父さん、母さん。大切にする」

剣を胸に抱き、まっすぐに二人を見る。

「ありがとう」

その瞬間、俺は確信した。

この剣は、セリナ姉に“力”を与えるためのものじゃない。

“覚悟”を託すためのものだ。


剣を受け取ったセリナ姉は、しばらくその場から動かなかった。鞘に収められたままの剣を、まるで壊れ物のように抱えている。

嬉しさだけじゃない。重みがある。責任の重みが。

母さんが、そんなセリナ姉の様子を見て、ふっと微笑んだ。

「すぐに答えを出さなくていいのよ」

穏やかな声だった。


「剣を選ぶことは、自分を選ぶことでもあるわ。でも、迷う時間も大事。悩むことは、真剣に考えている証拠だから」

セリナ姉は、小さく頷いた。

「……うん」

それだけ言って、剣に視線を落とす。

父さんは、それ以上何も言わなかった。ただ腕を組み、静かにその姿を見守っている。その沈黙が、何よりの信頼の証だった。


やがて、母さんが軽く手を叩いた。

「さて、難しい話はここまでね」

そう言って、食卓の方へ視線を向ける。

「今日は誕生日なんだから。ほら、冷めないうちに食べましょう」

卓上には、香ばしく焼かれた肉の大皿が並んでいた。

厚切りの獣肉に、香草と塩だけの素朴な味付け。

その横には、赤や橙、紫色の果実が盛られた木皿が置かれている。

「わぁ……!」

真っ先に声を上げたのはエレナだった。

「おにく! いっぱい!」

椅子から身を乗り出し、目を輝かせている。

「こら、エレナ。落ち着きなさい」

セリナ姉は思わず笑った。

「ちゃんと座ってからよ」

その声は、いつものお姉ちゃんのものだった。剣をそっと部屋の隅に置き、セリナ姉は食卓に戻る。


俺の隣に腰を下ろすと、小さく息を吐いた。

「……なんか、急に大人になった気分」

「もう十分大人だと思うけど」


俺がそう言うと、セリナ姉は横目で俺を見て、くすっと笑う。

「なにそれ。ルーメン、まだ七歳でしょ」

「もうすぐ八歳だし」

「はいはい」

そんなやり取りが、いつも通りで、少しだけ嬉しかった。

父さんが杯を軽く持ち上げる。

「改めて言おう。セリナ、十歳の誕生日おめでとう」

母さんも頷く。

「あなたが選ぶ道が、どんな道でも、私たちは応援するわ」

セリナ姉は、少し照れたように笑った。

「……ありがとう。父さん、母さん」

食卓には、肉を切る音と、果実をかじる音が混じり合う。笑い声が重なり、家の中があたたかく満たされていく。


剣を受け取った日。将来を考え始めた日。

でも同時に、今日も変わらず、家族と食卓を囲む日。

俺は、向かいで肉を頬張るセリナ姉を見ながら思った。

(この人は、きっと強くなる)

剣を振るからじゃない。覚悟を持ったからでもない。守ることを、選べる人だから。

この日を境に、何かが大きく変わるわけじゃない。けれど確かに、セリナ姉の中で「進み始めた何か」があった。

それを、俺は静かに感じ取っていた。


最後まで読んで頂きありがとうございます


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