セリナ編 第二十一章 セリナの救済② セリナの救済
セリナ姉の呼吸が、少しずつ落ち着いていくのが分かった。さっきまで浅く、速かった息が、今は深く、ゆっくりと胸を満たしている。
魔力も同じだった。暴風のように荒れていた流れが、まだ不安定ながらも、確かに“形”を取り戻し始めている。
「……不思議」
セリナ姉が、ぽつりと呟いた。
「まだ体は痛いはずなのに……さっきより、怖くない」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
俺は、魔力の流れを感じ取りながら、静かに答える。
「それはね、セリナ姉が、ちゃんと自分の気持ちを見たからだよ」
「……自分の、気持ち?」
「うん。怖かったって、助けてほしかったって、ちゃんと認めた」
セリナ姉は、少し考えるように視線を落とした。
「……私、ずっと思ってたの」
小さな声だった。
「お姉ちゃんなんだから、泣いちゃだめだって。弱音吐いたら、守れなくなるって」
その想いが、今までどれだけ彼女を縛ってきたか、魔力が雄弁に物語っている。
セリナ姉は、握ったままの俺の手を見つめる。
「でもね、今は……誰かに支えてもらっても、守る力はなくならないんだって……そんな気がする」
その瞬間だった。
魔力の奥で、絡まり合っていた流れが、ふっとほどける感覚が伝わってきた。完全ではない。だが、明らかに“自分を傷つける方向”へ向かっていた力が、止まり始めている。
俺は、決して急がない。
ここで無理に押し切れば、また同じことが起きる。
「セリナ姉」
「なに?」
「今は、何もしなくていい」
「……え?」
「守ろうともしなくていい。強くなろうともしなくていい」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「ただ……エレナのこと、僕のこと、そして自分のことを、大事に思ってる気持ちを、そのまま感じて」
セリナ姉の瞳が、揺れた。そこには、誇りも、後悔も、恐怖も、全部混ざっている。
「……私、エレナのこと、大好き」
「知ってる」
即答すると、セリナ姉は驚いたように目を見開き、そして少し笑った。
「ルーメンのことも……守りたいって、ずっと思ってた」
「それも、知ってる」
「……それなのに、私……」
言葉が詰まる。
「ううん」
俺は、首を横に振った。
「それでいい。その想いがあるからこそ、ここまで頑張れたんだ」
魔力の流れが、さらに静まる。今度は、俺の魔力と、拒むことなく並び始めた。
(……もう少し)
解放は、すぐそこだ。けれど、最後の一歩には、“言葉”ではなく、“想い”が必要になる。
俺は、セリナ姉の手を握ったまま、心の奥で静かに準備を整えた。
俺は、確信する。
「セリナ姉」
「……なに?」
「今なら、できる」
そう言って、俺はセリナ姉の手を、両手で包み込んだ。
指先から伝わる感触は冷たい。
けれど、その奥にある魔力は、必死に誰かを想い続けてきた証のように、あたたかさを宿している。
(守りたかったんだよな)
言葉にしなくても、分かる。
弟を、妹を、家族を。
「お姉ちゃん」であり続けるために、全部を背負い込んできた。
俺は、自分の魔力を、ゆっくりと流し始めた。押し付けない。抑え込まない。セリナ姉の魔力の“流れ”に、そっと寄り添う。
(合わせるんだ……否定しない)
暴走していた部分だけを無理に止めるのではない。頑張りすぎて歪んでしまった“想い”そのものを、受け止める。
セリナ姉の魔力が、戸惑うように揺れた。
「……ルーメン?」
「大丈夫。離れない」
その言葉に応えるように、魔力の波が重なり始める。
エレナが泣いたとき、真っ先に駆け寄った背中。俺が怖がったとき、迷わず前に出た言葉。夜、誰にも見せずに震えていた小さな肩。全部、思い出す。全部、感謝する。
(ありがとう、セリナ姉)
その想いを、言葉にせず、魔力に乗せて伝える。その瞬間。俺とセリナ姉の魔力が、完全に重なった。
境界が、消える。拒絶も、恐れも、焦燥も、すっと溶けていく。
自然と、息をするように。囁くように。
「……ハーモニック・リコンストラクション」
言葉が紡がれた瞬間、やさしい光が、部屋いっぱいに広がった。
眩しくはない。熱くもない。ただ、包み込むような光。
セリナ姉の魔力は、一気に静まり、本来あるべき穏やかな流れへと戻っていく。それに引きずられるように、身体に刻まれていた傷や痣が、淡く光って――消えた。
息を詰めて見守っていた俺は、ゆっくりと力を抜く。
(……成功だ)
そのとき。「……あれ?」
セリナ姉が、自分の腕を見つめた。
「……痛く、ない……重くも、ない……」
次の瞬間、セリナ姉の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……ルーメン」
ぎゅっと、俺の手を握り返す。
「私……助けてもらったんだよね……?」
「うん」
「……ありがとう……」
今度は堰を切ったように、セリナ姉は泣き出した。声を殺そうともせず、子供みたいに、ただ泣いた。その泣き声は、ようやく、重荷から解放された証だった。
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