セリナ編 第二十一章 セリナの救済① セリナの問い
第二十一章 セリナの救済
セリナ姉が泣きやみ、長い沈黙のあと、俺はゆっくりと息を吸った。
言葉を探していたわけじゃない。ただ、胸の奥に溜まっていた想いを、そのまま外に出す覚悟を決めただけだった。
「……わかったよ、セリナ姉」
項垂れたままの背中に、静かに声をかける。
「セリナ姉は、何も間違ってなんかない」
その一言に、セリナ姉の肩がびくりと震えた。それでも顔は上がらない。否定も、肯定もない。ただ、必死に何かを耐えている。
「頑張ろうって……気負いすぎてただけなんだよ」
言葉を重ねながら、俺自身も、ここまでの出来事を噛みしめる。
「エレナはもう元気だし、簡単に転ばなくなった。怪我もしなくなった」
「それは全部、セリナ姉がお姉ちゃんだったからだ。守ろうとして、悩んで、苦しんで……それでも逃げなかったからだよ」
沈黙が落ちる。でも、その沈黙は、拒絶じゃない。自分の気持ちと向き合おうとする、重たい沈黙だった。俺は声を落とし、優しく言った。
「だから、セリナ姉は、大丈夫だ」
ゆっくりと、セリナ姉の前に手を差し出す。
「手、貸して。少し……一緒に、確かめさせて」
迷いが伝わってくる。それでも、セリナ姉は震える指で、そっと俺の手を握った。
その瞬間、手のひら越しに、はっきりと分かる。
(……魔力が暴走してる)
身体は限界なのに、魔力だけが、必死に何かを守ろうとして暴れている。抑えつけようとするほど、壊れてしまいそうな、危うい流れ。
(本当に……ここまで頑張ったんだな)
エレナを守るために。お姉ちゃんであるために。誰にも頼らず、誰にも弱さを見せずに。胸が痛んだ。
(……救ってあげたい)
それは使命じゃない。「してあげなきゃいけない」なんて気持ちでもない。
ただ、この手を離したくない、という想いだった。
俺は自分の魔力を静かに巡らせる。無理に触れない。無理に正さない。ただ、セリナ姉の魔力の流れに沿うように、そっと寄り添わせていく。
少しずつ、少しずつ、張り詰めていた魔力が、俺の存在を受け入れていくのが分かった。
(……大丈夫だ)
今はまだ、癒さなくていい。今はただ、分かってあげればいい。そう、確かに感じながら、俺は静かにセリナ姉の手を握り続けていた。
しばらくの間、言葉はなかった。部屋にあるのは、互いの呼吸の音と、静かに揺れる魔力の気配だけだった。
セリナ姉の魔力は、相変わらず激しくうねっている。けれど、さっきまでとは違う。刃物のような鋭さは薄れ、今は、迷子のようだった。
(……怖かったんだな)
守らなきゃいけない。失っちゃいけない。自分がやらなきゃいけない。そんな想いが折り重なって、出口を失った魔力が、暴れるしかなくなっていた。
俺は、手を握ったまま、少しだけ距離を詰めた。肩が触れない程度の、でも確かに“隣にいる”距離。
「……セリナ姉」
小さく呼びかけると、セリナ姉の指が、きゅっと俺の手を掴み返した。
「……ねえ、ルーメン」
かすれた声だった。
「私……怖かったの」
初めて、弱さが言葉になった。
「エレナが泣くたびに、胸がぎゅってなって……次はもっと酷い怪我するんじゃないかって、ずっと考えてた」
セリナ姉の魔力が、微かに震える。
「お姉ちゃんなのに、守れてないって思うたびに……自分が嫌になって……」
言葉が詰まる。喉の奥で、感情が絡まっているのが分かった。
俺は遮らなかった。慰めもしない。ただ、聞く。
「誰にも言えなかった。言ったら……弱いって思われそうで」
「……うん」
「でもね、本当は、助けてほしかった」
その瞬間、魔力の流れが大きく揺れた。“抑え込んでいたもの”が、溢れかけた揺れだった。
(……ここだ)
俺は、魔力を強めることなく、ただ包み込む範囲を少しだけ広げた。抱え込むように。否定しないように。
「助けてって思うのは、弱さじゃないよ」
ゆっくりと言葉を置く。
「お姉ちゃんでも、怖い時は怖い。守りたい人がいるなら、なおさらだ」
セリナ姉の肩が、わずかに落ちた。張り詰めていた糸が、一本切れたみたいに。
「……ルーメン」
「うん」
「私……間違ってなかった?」
その問いは、今まで誰にも向けられなかったものだった。俺は、迷わず答えた。
「間違ってない」
魔力の奥で、確かな変化が起きる。
「間違ってたとしたら……一人で全部抱え込もうとしたことだけだ」
セリナ姉の指から、力が抜けた。それは諦めじゃない。“委ねる”という感覚だった。魔力の流れが、少しずつ、静まり始める。
(……もう少しだ)
今はまだ、整える段階。救うための準備。俺は、セリナ姉の手を握りながら、心の奥でそっと誓った。この人を、ちゃんと解放する。
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