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セリナ編 第二十章 セリナの独白⓻ 姉

「……おかしいって、分かってた」

私は、そう前置きしてから、ゆっくりと言葉を紡いだ。

分かっていた。これは正しくない。これは健全じゃない。でも、止まれなかった。


「影に攻撃されるたびにね」

私は、自分の腕を見下ろす。そこには、癒えきらない痣の感覚が、まだ残っている。


「痛い、って思う前に……安心しちゃう自分がいたの」

エレナじゃない。泣いているのは、エレナじゃない。


「私だ、って」

その事実が、胸の奥を、ぞっとするほど満たしてしまった。


「最低だよね」

自嘲するように、笑ってみせる。


「エレナの代わりに傷つくことに、安心するなんて。でも、お姉ちゃんとしては……それが、正しい気がしちゃった」

守るって、そういうことだと思っていたから。誰よりも前に立つこと。誰よりも先に、痛みを引き受けること。


「だって、私が泣いても……エレナは、笑ってくれるもの」

その笑顔を見るたびに、私は、自分を納得させていった。これでいい。これが、私の役目。


「影に、お願いもしたの、エレナは、もう狙わないで、全部、私に向けて」

止めてほしい、じゃない。消えてほしい、でもない。


「向きを変えて、って」

おかしな言い方だけど、その時の私は、本気だった。影は、答えなかった。


「でも、次からは……本当に、私だけが傷つくようになった」

それで、確信してしまった。通じてる。分かってる。


「影は、私の願いを守ろうとしてるんだって」

歪んでる。狂ってる。


「でも、守り方を、間違えただけなんだって」

そう考えないと、自分が壊れてしまいそうだった。


「だから、このままでいい、って思った」

治さなくていい。止めなくていい。


「エレナが無事なら」

それだけで、全部、帳消しにできる気がした。


「お姉ちゃん失格でもいい、壊れててもいい、……生きてさえいれば」

その言葉を口にした瞬間、胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。それでも私は、引き返そうとは思わなかった。


「だって……それ以外のやり方が、分からなかったから」

影を消す方法も。自分を許す方法も。ただ、ひとつだけ確かなのは――「エレナを守りたい」それだけだった。歪んでいても。間違っていても。その気持ちだけは、本物だった。


そこまで話して、私は、完全に言葉を失った。喉の奥が詰まって、息を吸うことすら、うまくできなくなる。


「……っ」

声を出そうとした瞬間、胸の奥に溜め込んでいたものが、堰を切ったように溢れた。涙が、止まらなかった。

静かに、じゃない。きれいに、でもない。嗚咽が混じって、肩が勝手に震えて、どうしていいか分からないまま、崩れ落ちる。


「……っ、う……」

自分が、こんなふうに泣くなんて、思ってもみなかった。強くいなきゃいけない。お姉ちゃんなんだから。ずっと、そう思ってきたのに。


「……出来の、悪い……お姉ちゃん、だよね」

絞り出すように、そう言う。

守るって言いながら、結果的に、傷つけて。助けるつもりで、怖がらせて。


「こんなの……お姉ちゃんじゃ、ないよ……」

ベッドの縁に座ったまま、私は、両手で顔を覆った。涙が、指の隙間から零れ落ちていく。

その時。肩に、そっと、重みが乗った。何も言わず、ただ隣に座っていたルーメンが、静かに、私の肩に手を置いていた。


それだけ。抱きしめるでもなく、慰める言葉もなく。

でも、逃げない。その事実が、胸の奥に、じんわりと沁みてきた。


「……エレナがね」

涙に濡れたまま、私は、続けてしまう。


「今、元気に笑ってくれてるでしょ」

そのことが、どれだけ私を救っているか。


「それだけで……本当に、それだけで……」

言葉にならない。守れたのか、守れていないのか。正しかったのか、間違っていたのか。もう、分からない。


「エレナが生きてて……笑ってて……」

その現実だけが、私を、かろうじて立たせていた。


「それなら……私は、壊れても、いいって……」

そこまで言って、声が完全に途切れた。あとは、泣くことしかできなかった。肩を震わせて、声を殺して、それでも止まらなくて。

ルーメンは、何も言わない。ただ、そこにいる。それが、今の私には、あまりにも重くて、優しくて。


「……ごめんね」

誰に向けた言葉なのかも、分からないまま、私は、そう呟いた。返事は、なかった。でも、その沈黙は、拒絶ではなかった。否定でもなかった。ただ、受け止められている、という感覚だけが、確かに、そこにあった。


私は、泣きやむことができなかった。言葉も、もう続かなかった。それでも、その夜、初めて私は、一人で抱え込むことを、やめた。


最後まで読んで頂きありがとうございます


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