セリナ編 第二十章 セリナの独白⑥ ・・した
「……違うの」
私は、膝の上で強く握りしめた手を見つめながら、そう言った。
「私が、影を作ったわけじゃない」
声が、かすれる。
「そんなこと、した覚えも、するつもりもなかった」
守りたかっただけだった。ただ、それだけだった。
「最初はね……自分でも、何が起きてるのか分からなかったの」
エレナが転ぶ。泣く。傷つく。そのたびに、胸の奥がぎゅっと締めつけられて、息が苦しくなる。
「私がちゃんと見てなかったからだ」、「私がもっと気をつけていれば」、「私が……」
そんなことばかり考えていた。
「守らなきゃ、次こそは、今度こそ」
「その気持ちが、日に日に強くなっていって……気づいたら、私は二つに割れていた……分かる?」
私は、ルーメンを見ずに続ける。
「“守ってあげたい私”と“守るために、何かをしなきゃいけない私”どちらも、私。どちらも、エレナのことを思ってた」
でも……、同じじゃなかった。
「守ってあげたい私は、エレナのそばにいたかった」
抱きしめて、大丈夫だよって言って、一緒に泣いてあげたかった。
「でも……守ることをしたい私は違った」
その子は、ずっと焦ってた。「原因を消さなきゃ」、「危険を排除しなきゃ」、「何かが近づく前に、止めなきゃ」
「それが……エレナ自身を傷つけることになるなんて、思ってなかった」
声が、震える。
「その子はね……私の“意識”だったの。私の中から生まれて、私の中で育って、でも、もう私の言うことを聞かなくなった意識」
「気づいたら……その意識が、影みたいになってた」
地面に落ちた、私の影。ただの影。ただの、私の一部。
「でも……動いたの。私が動かしていないのに。考えた覚えもないのに」
「エレナに向かって、走るみたいに、這うみたいに」
止めようとした。「やめて」、「違う」、「それは守ることじゃない」
「何度も、何度も、心の中で叫んだ。止めてって。でも、聞いてくれなかった」
影になったその意識は、私の声を、“守る私”の声として解釈しなかった。
「むしろ……邪魔されてるって、思ったみたい。だから、止まらない。だから、エレナにぶつかる」
「私は、ただ立ち尽くして……自分の中から出てきた“何か”が、エレナを傷つけるのを、見てるしかなかった」
最低だった。怖かった。守りたいのに。助けたいのに。
「私の中の“もう一人の私”が、一番大切な子を、一番ひどいやり方で傷つけてた」
私は、唇を噛みしめる。
「それが……あの“影”の正体」
作ったんじゃない。望んだんじゃない。
「壊れた私が、勝手に生まれて、勝手に動き出しただけ」
だから、止められなかった。
「……ごめんね」
誰に向けた言葉か、自分でも分からないまま、私はそう呟いていた。
「……でもね、そのままには、できなかった」
あの影は止まらなかった。私がどれだけ否定しても、どれだけ祈っても。
でも、変わったことが、ひとつだけあった。
「リジェネレイトヒーリングをかけてもらってから……」
私は、胸の奥を押さえる。
「エレナが、前みたいに転んだり怪我をしたりしなくなったの」
転ばなくなったの、ぶつからなくなったの、泣かなくなったの。
「守られてるって、分かったはっきりと」
だからこそ、次に起きたことを、私は理解してしまった。
「影は、エレナを諦めたんじゃない」
声が、低くなる。
「“攻撃できなくなった”だけ」
守られているなら、これ以上傷つけられないなら。
「じゃあ、どこに向かうと思う?」
私は、ルーメンを見る。
答えを求めているわけじゃない。ただ、聞いてほしかった。
「……私、だった」
影になった“もう一人の私”は、エレナを守るために、エレナに近づけなくなった。
だから、次に選んだのが、私自身だった。
「最初はね……偶然だと思ったの」
擦りむいた。打ち身ができた。
「剣術の練習かなって、自分に言い聞かせた」
私は、震える息を吐く。
「だから、私は決めたの」
逃げない。振り払わない。消そうとしない。
「私がエレナの代わりに全部、受け止める」
「私が壊れれば、エレナは守れる」
それなら……、それでいい。
「お姉ちゃんだもの」
それが、私が選んだ答えだった。
ルーメンの気配が、少し揺れる。
でも、私は続ける。
「だから……今、こうして生きてる」
痛みを抱えて。傷を増やしながら。
「それでも……エレナが笑ってくれるなら」
それだけで、全部、意味があるって思ってた。
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