表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/133

セリナ編 第二十章 セリナの独白⑤ 自覚なく

「……それだけなら、まだよかったの」

私は、そう前置きしてから、ゆっくりと言葉を選んだ。


「傷ができるだけならね。痛いけど、我慢できるし……エレナが無事なら、それでいいって思えた」

私は腕を抱え込む


「でも、ある日から、変わったの」

ルーメンが、黙って私の言葉を待っている。


「エレナが泣いた瞬間……胸が、ぎゅっと締めつけられるように痛くなった」

「……痛み?」

「ううん、違う」

私は、首を振る。


「“怖さ”」

はっきりと、そう言った。


「エレナが感じた“怖い”って気持ちが、そのまま……私の中に流れ込んできたの」

転んだときの衝撃。周りが一瞬で遠くなる感じ。大人たちの足音。自分だけが取り残された感覚。


「頭じゃなくてね、心の奥に、直接」

私は、無意識に腕を抱きしめる。


「理由もなく、震えが止まらなくなったり……急に、息が苦しくなったり」

「それは……」

ルーメンが、言いかけて、言葉を飲み込む。


「分かってる」

私は、苦笑した。


「普通じゃないわよね。でも、それでも、私は思ったの。エレナの気持ちが、

 ちゃんと分かってあげられてる、って」

姉として。守る人として。


「痛みだけじゃなくて、心まで受け取れるなら……」

私は、そう言って、目を伏せた。


「それは、それで……“ちゃんとしたお姉ちゃん”なんじゃないかって」

沈黙が落ちる。その静けさが、私の言葉の危うさを、はっきりさせていた。


「でもね、ルーメン。それ、すごく……つらいの」

我慢できる痛みと、我慢できない感情は、違った。


「怖い、って気持ちが、何度も、何度も流れ込んでくる。エレナが元気になって笑っても、私の中には、まだ“怖かった記憶”が残るの」

消えない。薄れない。


「気づいたらね……自分が、どこまで自分なのか、分からなくなってきた」

これは、私の感情?それとも、エレナの?


「境目が、なくなっていったの」


ルーメンが、苦しそうに眉を寄せる。

「……セリナ姉」

「うん」

私は、小さく笑った。


「ここで、止まれればよかったんだけどね。でも止まらなかった」

「だって……止まったら、“守れなくなる”気がしたから」

痛みも、怖さも、全部引き受けていないと。


「そうしないと、またエレナが泣くって、思っちゃったの」

それはもう、姉の愛情じゃなかった。


「……限界、超えてたんだと思う」

そう言って、私は深く息を吐いた。


「でも、その時の私は……それでもいいって、思ってた」

壊れていることよりも、守れないことの方が、ずっと怖かったから。


「……それでね」

私は、しばらく黙ってから、ぽつりと続けた。


「おかしいな、って思うようになったの」

ルーメンは、相変わらず何も言わず、ただ隣にいる。その沈黙が、今はありがたかった。


「守りたい気持ちは、ずっと同じなのに……頭の中で、考え方が二つに分かれるようになってきて」

私は、指先をぎゅっと握る。


「一人はね、抱きしめて、守ってあげたい私。小さいエレナを包んで、怖くないよって言ってあげる、いつものお姉ちゃん」


「でも、もう一人の私は……」

言葉が、少し詰まる。


「“守るためには、何かをしなきゃいけない私”」

「何かを……?」

ルーメンが、静かに問い返す。

私は、ゆっくり頷いた。


「そう。ただ見てるだけじゃだめ。ただ癒すだけじゃだめ」

「原因を……“排除しなきゃ”って」

それは、誰に教えられたわけでもない考えだった。


「おかしいでしょ?」

私は、自嘲するように笑う。


「誰もいないのに。見えないのに。それでも、“何かがいる”って、思い込むようになってた」

守りたい私と、守るために動かなきゃいけない私。


「最初はね、ただの考え方の違いだと思ってた」

「今日は、静かに見守ろう」

「今日は、もっと警戒しよう」

その程度の、ズレ。


「でも……ある時から、“意見”じゃなくなったの」

「意見、じゃない?」

「うん」

私は、はっきり言った。


「“声”みたいになった」

頭の中で、もう一人の私が、はっきりした言葉を持ち始めた。……守るだけじゃ足りない。……動かなきゃ。……止めなきゃ。


「最初は、自分の考えだって思ってた」

だって、私の声だし。私の考えだし。

私は、震える息を吐く。


「でもね……その声、私の気持ちを聞かなくなったの」

抱きしめたい私が、「やりすぎだよ」って言っても。「“それじゃ遅い”って、返してくる」

ルーメンの肩が、わずかに強張る。


「気づいたら……“守りたい私”と“守るために何かをする私”が、同時に存在してた」

どっちも、私。でも、同じ方向を見ていない。


「引き裂かれる、っていうより……」

私は、言葉を探す。


「役割を、分けられた、みたいな感じ」

守る役と、戦う役。


「お姉ちゃんは、守るものだって、ずっと思ってたのに」

いつの間にか、“守るために壊れる役”まで、自分に与えてた。


「……この辺からだと思う」

私は、顔を上げて、ルーメンを見る。


「私が、“私じゃなくなり始めた”の」

ルーメンは、苦しそうに唇を噛んでから、低く言った。


「……一人で、抱えすぎだよ」

その言葉に、胸が痛んだ。


「うん、でも、その時はね……一人で抱えてる自覚すら、なかったの」

それが、一番、怖いところだった。


最後まで読んで頂きありがとうございます


少しでもお気に召しましたら、ブックマークと☆の評価をお願いします。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ