セリナ編 第二十章 セリナの独白④ 受け止めて
「それでね……考えたの。私が、もっとちゃんとすればいいんだって」
その言葉が、頭の中で何度も反芻する。
「ちゃんと見て。ちゃんとついていって。ちゃんと先に立って……」
誰に言われたわけでもない。自分で、自分に言い聞かせただけ。
「休んだらだめ。油断したらだめ。誰かに任せたら……もっとだめ」
私は、ぎゅっと拳を握る。
「だって、私がお姉ちゃんなんだもの」
ルーメンが、小さく息を吸う音がした。
「……セリナ姉、それは」
私は、首を振る。
「違う、って言うでしょ」
その通りだった。でも、その頃の私は……
「“違う”って言葉が、逃げに聞こえちゃったのよ」
誰かに任せるのは、責任放棄。目を離すのは、怠慢。
「だからね、エレナの前を歩くようにした。曲がり角では、必ず先に出るようにした。後ろも、横も、全部気にする」
「誰かが来たら、私が先にぶつかればいいって」
……今思えば、異常だ。
「転ぶなら、私が。怪我するなら、私が」
そうすれば、エレナは泣かない。そうすれば、私は“役目を果たせる”。
「それでも……それでも、起きるのよ」
防いでいるはずなのに。先に立っているのに。
「エレナが、急に転ぶ。私は、何もしていない。触れてもいない。なのに、そのあと……また、私の身体が痛くなる」
遅れて、確実に。
「その頃にはね」
私は、ルーメンを見た。
「もう、“守ってる”のか、“縛ってる”のか、分からなくなってた」
でも、止まれなかった。
「止まったら、全部無駄になる気がして」
今までの痛みも、覚悟も、決意も。
「だから、考えないようにした」
おかしい、という感覚を。怖い、という直感を。
「お姉ちゃんは、強くなきゃいけない」
その言葉だけを、何度も何度も、胸の中で繰り返した。
ルーメンが、静かに言う。
「……一人で、背負いすぎだよ」
私は、苦笑した。
「そう言われるの、分かってたわ」
でも、その言葉は……
「その時の私には、届かなかったの」
守るために始めた決意が、いつの間にか、
「“私が壊れること”を前提に動き始めてた」
「最初に気づいたのはね……、エレナが転んだ、その日の夜」
声が、少しだけ低くなる。
「お風呂で服を脱いだら……同じ場所に、同じような擦り傷があったの」
ルーメンが、息を詰めたのが分かった。
「……転んでないのに?」
「ええ」
私は、はっきりと頷いた。
「私は、その日、一度も転んでない。ぶつかってもいない。なのに、エレナの肘と……同じ場所」
偶然、で片づけるには、あまりにも正確すぎた。
「最初はね、思ったの、気のせい、見間違い、疲れてるだけ。でも、次の日も、その次の日も……」
私は、指で自分の腕をなぞる。
「エレナが泣いた場所と、同じところが、あとから痛み出すの」
遅れてくる痛み。時間差で現れる傷。
「ねえ、ルーメン」
私は、弱く笑った。
「おかしいって、思うでしょ」
「……思うよ」
正直な答えだった。
「でもね、その時の私は、“おかしい”より先に、こう思ったの、……よかった。エレナじゃなくて、私で」
その言葉を口にした瞬間、ルーメンが言葉を失ったのが分かった。
「だって……エレナは、泣くでしょう。怖がるでしょう。痛いって、震えるでしょう。でも、私は、我慢できる」
剣術の訓練で、何度も擦り傷を作ってきた。
「このくらいの傷、慣れてるって、思えた」
それが、どれほど危険な考えかも知らずに。
「それにね……これで、エレナが無事なら、私は“役に立ててる”って思えたの」
守れなかった、という罪悪感。姉失格だ、という自己否定。
「それが、少しだけ消えた。だから……受け入れちゃった」
痛みも、傷も、理由の分からない現象も。
「受け入れれば、全部うまくいく気がして」
私は、ぎゅっと唇を噛む。
「でもね、その考えが、どこに向かってるのか」
その時は、見ないようにしてた。
「見たら、もう戻れなくなりそうで」
私は、そう言って、小さく息を吐いた。
「だから、私は、止まらなかった」
最後まで読んで頂きありがとうございます
少しでもお気に召しましたら、ブックマークと☆の評価をお願いします。




