セリナ編 第二十章 セリナの独白③ 傷と痛みを
「……変だって、分かってた」
私は、先にそう言ってしまった。言葉にした瞬間、自分の中の逃げ道を塞ぐみたいで、少しだけ苦しくなる。
「頭ではね、ちゃんと分かってたのよ。こんなの、偶然で片づけていい話じゃないって。でも、考えちゃったの」
私は、膝の上で組んでいた手を、ぎゅっと握りしめる。
「エレナが怪我をするたびに、私も同じ場所が痛くなるなら……」
一度、言葉を切る。喉の奥が、ひくりと鳴った。
「だったら、私が先に受け取ればいいんじゃないか、って」
馬鹿みたいな考えだと、今なら思う。でも、あの時は本気だった。
「エレナはまだ小さいし、転ぶたびに泣いて、怖がって……」
あの泣き声が、頭から離れなかった。
「私が代わりに痛いなら、エレナは少しは楽になるんじゃないかって」
私は、無意識に自分の腕を抱いた。
「そう考えるとね……不思議と、怖さより安心のほうが大きくなったの」
守れている。役に立っている。お姉ちゃんでいられている。
「……最低よね」
自嘲気味に、そう漏らす。
「おかしいって分かってるのに、“痛い”って思うたびに、どこかでホッとしてた」
ルーメンが、静かに息を吸う気配がした。
「それでね、エレナが転びそうになると、無意識に体に力が入るようになったの」
踏ん張る。身構える。まるで、自分が代わりに倒れる準備をするみたいに。
「心の中で、何度も思ってた」
……私が受ける。……エレナは、守る。
「……そしたら、だんだん分からなくなってきたの」
何が正しくて、何が間違っているのか。
「守ってるのか、それとも……自分を犠牲にすることに、しがみついてるだけなのか」
私は、ようやく顔を上げて、ルーメンを見る。
「ねえ、ルーメン」
少しだけ、縋るような声。
「お姉ちゃんがさ、“私が我慢すればいい”って思い始めたら……、それって、もう守ってるって言えないのかな」
答えは、分かっている気がした。でも、その言葉を、自分の中だけで確定させるのが怖かった。
「……私はね、この時点で、エレナを守ることと、自分を壊すことの区別が、つかなくなり始めてたんだと思う。それでも……止まれなかった」
「……それから、はっきり変わった」
私は、そう前置きしてから、ゆっくり息を吐いた。
「最初はね、たまたまだと思ってたのよ。エレナが擦りむいた日に、私も同じ場所をぶつけただけ、とか。でも、次の日も、その次の日も……同じだった」
私は、自分の腕を見下ろす。
「エレナが転んで、泣いて、ルーメンがヒーリングをかけてくれるとね」
声が、少しだけ震えた。
「その“直後”じゃないの。少し時間が経ってから、じわって……」
鈍い痛み。遅れてやってくる、熱。
「同じ場所に、同じような傷が浮き出てくるの」
打った覚えなんて、ない。転んでもいない。走ってもいない。
「それでも、確かに痛いのよ、血も出るし、痣も残るし……」
ルーメンが、思わず声を出す。
「……セリナ姉、それ……」
私は、首を横に振って遮った。
「その時はね、まだ言えなかった」
「心配させたくなかった。止められるのが、怖かった。だって、エレナの傷が、前より軽くなってる気がしたの」
転び方は同じなのに。泣き方も同じなのに。
「前ほど、血が出ない。前ほど、痣が残らない。だから、移ってるって、思っちゃったのよ」
言葉にした瞬間、胸が締めつけられる。
「エレナの怪我が、私の身体に流れてきてるんだって」
ルーメンが、息を呑む気配がした。
「……それ、言ってくれれば」
その言葉に、私は即座に首を振る。
「だめ、言ったら、止められるでしょ」
ルーメンがすぐさま問う。
「止められたく、なかったの?」
その問いに、私はすぐ答えられなかった。
でも、沈黙が答えだった。
「だって……、お姉ちゃんとして、
やっと“役に立ってる”って思えたから」
痛い。怖い。それでも……
「エレナが笑ってくれるなら、私は多少傷だらけでも、いいって。その考えが、もう普通になっていた。気づいたらね」
私は、ゆっくりと視線を上げる。
「“治してもらう側”じゃなくて、“受ける側”になる準備ばかりしてた」
転びそうな気配がすると、身体が強張る。
「来る」
そう思った瞬間、覚悟する。
「……ねえ、ルーメン。一度、こうなっちゃうとね、もう、“何もしない”って選択肢が、見えなくなるの」
守るか、壊れるか。その二択しか、残っていなかった。
「引き返す場所が、分からなくなってた」
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