セリナ編 第二十章 セリナの独白② 守りたくて
「……ねえ、ルーメン」
私は、少しだけ間を置いてから、続きを口にした。言わなきゃいけないことなのに、言葉にするのが怖かった。
「私ね……エレナが怪我した時、最初は“運が悪かっただけ”って思おうとしたの」
自分に言い聞かせるような声だった。
「転んだだけ。ぶつかっただけ。よくあることだって……」
「でも、次の日も、その次の日も……同じことが起きて」
私は、無意識に自分の腕を抱きしめていた。
「毎回、同じなの。曲がり角だったり、ちょっと人の多いところだったり……」
思い出すだけで、胸の奥がざわつく。
「エレナはね、いつも私のすぐ近くにいたのよ。手も繋いでたし、ちゃんと見てた」
ルーメンの方を、ちらりと見る。
「それなのに……」
声が、少しだけ強くなった。
「“間に合わない”の」
守っているはずなのに。見ているはずなのに。
「気づいた時には、もう転んでる。泣いてる。血が滲んでる……」
私は、ぎゅっと歯を食いしばった。
「そのたびに思ったの。“もっとちゃんと見ていれば”“もっと近くにいれば”って」
「……だんだんね、頭の中が、そういう考えでいっぱいになってきたの」
ルーメンは、何も言わずに聞いてくれている。それが、今はありがたかった。
「休み時間も、授業の合間も……エレナから目を離しちゃいけないって。誰かに任せるのも、怖くなって」
声が、少し掠れる。
「ルーメンが近くにいてくれても、エアリスちゃんが一緒でも……」
私は、首を振った。
「“私が見てなきゃ意味がない”って、思うようになっちゃった」
それは、守る気持ちのはずだった。でも今思えば……
「おかしいよね」
自嘲気味に、笑おうとして、失敗する。
「守りたいって気持ちが……いつの間にか、“守れなかった自分を許せない”に変わってた」
私は、膝の上で拳を握りしめた。
「エレナが怪我するたびに、胸がぎゅっと締めつけられて……」
「“まただ、私のせいだ、次こそは絶対にって」
同じ言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
「……ルーメン」
小さく、名前を呼ぶ。
「私ね、あの頃からもう……“守る”ってことしか考えられなくなってたと思う」
それが正しいと、疑いもしなかった。
「エレナを守れるなら、多少無理してもいいって。少しくらい、自分が苦しくてもいいって」
私は、そこで言葉を切った。胸の奥に、嫌な予感のようなものが、じわりと広がる。
「……それがね」
ゆっくりと、続きを口にする。
「私の中で、何かを“押し曲げた”瞬間だったんだと思うの」
「……最初に、おかしいって思ったのはね」
私は、そう前置きしてから、ゆっくりと息を吸った。思い出すだけで、背中がひやりとする。
「エレナが転んで、膝を擦りむいた日のこと」
あの日も、私はすぐそばにいた。すぐに駆け寄って、抱き起こして。
「大丈夫よ、エレナ。ほら、血もそんなに出てない」
そう言って、安心させようとした。でも。
「ルーメンがヒーリングをかけてくれたでしょ?」
私は、ちらりとルーメンを見る。
「あの時ね、エレナの怪我が治っていくのを見ながら……私、変な感覚がしたの」
言葉を探しながら、続ける。
「チクッて。ほんの一瞬、膝が痛んだのよ」
気のせいだと思った。そう思いたかった。
「歩き回ってたし、剣術の稽古もしてたし……自分がどこかでぶつけたんだって」
私は、自分にそう言い聞かせた。でも。
「その夜、お風呂に入った時……気づいちゃったの」
声が、自然と小さくなる。
「エレナが怪我したのと、同じ場所に……私の膝にも、擦り傷があった」
ルーメンが、息を呑む気配がした。
「おかしいでしょ?」
私は、力なく笑った。
「転んでないのに。ぶつけた覚えもないのに」
「しかもね……」
私は、ぎゅっとスカートの端を握る。
「傷の形まで、似てたのよ。「偶然?そう思おうとしたわ。そうじゃないと、怖かったから」
でも、それで終わらなかった。
「次の日も、その次の日も……エレナが怪我すると、少し遅れて、私にも同じ場所が痛み出すの」
私は、震える声で続けた。
「最初は赤くなるだけ。そのうち、痣になって……ひどい時は、血まで滲んだ」
ルーメンの方を見る。
「ねえ、ルーメン」
問いかけるように、でも答えを求めていない声。
「こんなの、普通じゃないわよね」
私は、膝の上で手を組み、強く握りしめた。
「でもね……その時の私、こう思っちゃったの。エレナが痛い思いをしなくて済むなら、私が代わりに怪我してもいいって」
それは、優しさだったのか。それとも……。
「守れてるって、思いたかったの」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
「お姉ちゃんとして、まだ役に立ててるって……」
私は、俯いたまま、ぽつりと呟いた。
「……この時点で、もう戻れなくなってたのかもしれない」
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