セリナ編 第二十章 セリナの独白① 妹を
第二十章 セリナの独白
……コンコン。
私の部屋の扉が、控えめに叩かれた。
「セリナ姉、ちょっといい?」
ルーメンの声。分かっていたのに、返事ができなかった。喉が、うまく動かなかった。声を出したら、全部こぼれてしまいそうで。
「……セリナ姉?」
もう一度、少しだけ近い距離で呼ばれる。それでも、私は動けなかった。ベッドの縁に座ったまま、俯いていた。
癒し魔術をかけてもらった直後のはずなのに、体は重く、指先は冷たい。
「……入るよ」
止める声も出せないまま、扉が静かに開いた。
ルーメンは、私の姿を見て、何も言わなかった。
傷の具合を確かめるでもなく、問い詰めるでもなく。
ただ、ゆっくりと近づいてきて、私の隣に腰を下ろした。
その距離が、近すぎて。でも、離れてほしくなかった。
部屋には、音がなかった。呼吸の音だけが、やけに大きく感じられる。
「……」
私は、唇を噛んだ。言わなきゃいけない。でも、何から話せばいいのか、分からなかった。頭の中は、ぐちゃぐちゃで、整理する前に、感情だけが溢れそうだった。
それでも、この沈黙が続くほど、苦しくなっていく。私は、震える息を吐いて、ようやく、口を開いた。
「……ねえ、ルーメン」
声が、思っていたよりも弱かった。
「私ね……」
そこで、一度、言葉が詰まった。言ってしまえば、もう後戻りできない気がして。
それでも、隣にいるルーメンが、何も言わずに待ってくれているのが分かった。
「……ルーメン、覚えてる?」
自分でも驚くほど、昔の話を切り出していた。
「前にさ……ルーメンが、いじめられそうになってたこと」
声は、少し震えていた。けれど、止めなかった。
「私、あの時……助けたでしょ」
ルーメンは何も言わない。ただ、小さく頷いた気配が伝わってくる。
「怖かったよね。急に大きな声出して、睨みつけて……」
私は、ぎゅっとスカートの裾を握りしめた。
「でもね、私……あの時、すごく嬉しかったの」
胸の奥が、じくりと痛む。
「“お姉ちゃんになれた”って思ったのよ。ルーメンを守れたって。ちゃんと、お姉ちゃんらしいことができたって……」
言葉にした瞬間、その記憶が、鮮明によみがえる。言葉の剣を抜いた時だった。
「うちのルーメンに、何してくれてるのよ」
あの一言に、相手が怯んだ瞬間。私は、あの時の自分を、誇らしいと思っていた。
「それでね……」
声が、少し低くなる。
「エレナが生まれて、学校に入って……女の子で、まだちっちゃくて」
視線が、自然と床に落ちた。
「私、九歳でしょ?だから思ったの。“今度は、もっとちゃんとしたお姉ちゃんになれる”って」
守れる。守らなきゃいけない。その気持ちが、いつの間にか、私の中で大きくなっていた。
「エレナは、何も悪くないの。慣れてないだけだし、怖いだけだし……」
「目を離した隙に、怪我して、泣いちゃって……」
喉が詰まる。
「その時ね、頭の中で、はっきり聞こえたの」
私は、唇を震わせながら、言った。
「……“お姉ちゃん失格だ”って」
隣で、ルーメンの気配が揺れる。でも、私は止まらなかった。
「だから……もっとちゃんとしなきゃって思ったの。次は絶対に守る。一瞬も、目を離さないって」
自分に言い聞かせるように。
「それが……いけなかったのかな」
小さな声で、そう呟いた。
「頑張れば頑張るほど……何かが、おかしくなっていったの」
ここまで言って、ようやく私は、ルーメンの方を見た。
「ねえ、ルーメン……私、ちゃんとお姉ちゃん、できてた?」
答えが欲しくて。でも、答えを聞くのが怖くて。その矛盾が、胸を締めつけていた。
最後まで読んで頂きありがとうございます
少しでもお気に召しましたら、ブックマークと☆の評価をお願いします。




