セリナ編 第十九章 セリナの代償行為⑤ 癒し魔術の後で
部屋の空気が、重く沈んでいた。癒し魔術の余韻はすでに消え、残っているのは、治らないという事実だけだった。俺はベッドの脇に立ったまま、しばらく動けずにいた。
「……ルーメン」
母さんが、小さく俺の名前を呼ぶ。
「もう一度……別のやり方で、できない?」
その声には、必死に縋るような響きがあった。俺は、ゆっくりと首を横に振る。
「今できることは、全部やった」
自分の声が、やけに冷静に聞こえた。冷静でいなければ、立っていられなかっただけかもしれない。
初位のヒーリング。中位のキュアヒーリング。上位のブライトヒーリング。そして、聖位のリジェネレイトヒーリング。
どれも、確かに“発動”した。魔力は通り、光は宿り、身体は包まれた。それでも、治らない。
「……セリナ姉」
俺は、改めて姉の顔を見る。身体のあちこちに刻まれた痣と傷が、はっきりと存在している。
「……ねえ、ルーメン」
セリナ姉が、ぽつりと口を開いた。
「私……変だよね」
その言葉に、胸が締め付けられる。
「変じゃない」
即座に答えた。
「変なのは……起きてることの方だ」
セリナ姉は、ふっと笑った。
「……そう言ってくれるのは、嬉しい」
でも、その笑顔は、どこか諦めを含んでいるように見えた。
「でもね、分かるの」
静かな声だった。
「私、普通に怪我してる感じじゃない。転んだ覚えも、ぶつけた覚えもないのに……ここが痛いって、分かる」
胸の辺りに、そっと手を当てる。
「体の中から、じわじわ広がってるみたいな……そんな感じ」
俺は、言葉を失った。外傷じゃない、内側からだ、なぜ内側から。
「……エレナは」
セリナ姉は心配そうに声を出す。
「エレナは、今、元気だよ」
「うん、良かった。本当に良かった」
セリナ姉は、エレナが無事なことに安心していた。
「最近は、転んでないし、泣いてない」
しかし、その事実が、余計に俺を混乱させる。守られるはずだった方は、無事になった。それなのに。
「……じゃあ、なんで」
続きを、言えなかった。
母さんが、ぎゅっと手を握りしめているのが視界に入る。
「……ルーメン」
今度は、母さんの声が少し強くなった。
「これは……家だけで抱えられる問題じゃないわ」
俺は、黙って頷いた。同じ結論に、辿り着いていた。癒し魔術が効かない傷。原因が分からず、進行している異変。時間をかければ、良くなる保証はない。むしろ、悪くなる可能性の方が高い。
「……今日は」
俺は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「今日は、セリナ姉を休ませよう。無理に動かさない」
「ええ……」
母さんも、静かに同意した。
セリナ姉は、少し驚いたように目を瞬かせたが、やがて小さく頷いた。
「……分かった」
その返事が、どこかほっとしているようにも聞こえた。
部屋を出る前、俺はもう一度、セリナ姉を振り返る。
「……一人で、考えなくていい」
それだけを、はっきりと言った。
セリナ姉は、少し間を置いてから、微笑んだ。
「……うん」
でも、その目の奥には、まだ言葉にされていない何かが沈んでいる
。俺は、それを見逃さなかった。まだ、何か隠している
。そう感じながら、部屋の扉を静かに閉めた。次に取るべき行動を、頭の中で必死に組み立てながら。
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