セリナ編 第十四章 エレナの入学① 入学とざわめき
第十四章 エレナの入学
いよいよ、その日が来た。エレナが学校に入学する日だ。家の中の空気は、いつもと同じ朝のはずなのに、どこか落ち着かず、静かな緊張を帯びていた。まだ小さな体のエレナが、今日から「学校」という場所に通う。その事実が、家族それぞれの胸に、期待と不安を同時に運んできていた。
登校は、しばらくの間、セリナ姉と俺とエレナの三人で一緒に行くことになっている。下校も同様だ。用事がなければ三人揃って帰り、どちらかに用事がある場合は、残った者が必ずエレナと一緒に帰る。その約束は、前日の夜、家族全員が揃った食卓で改めて確認された。
エレナを中心に、家族が自然と連携する形が、いつの間にか出来上がっている。それは、誰かが命じたわけでも、決まりとして強制したわけでもない。ただ「守るべき存在」がそこにいるという事実が、皆を同じ方向に向かわせていた。
エレナ自身はというと、不安よりも期待の方が勝っているようだった。朝から落ち着きなく家の中を歩き回り、何度も自分の服を引っ張っては「これでいい?」と聞いてくる。その度に、母さんが笑って頷き、セリナ姉が「大丈夫よ、すごく似合ってる」と声をかける。
俺はその様子を少し離れた場所から見ていた。エレナはまだ三歳。学校という場所が、どんなところなのか、きっとまだ正確には分かっていない。それでも、姉と兄が一緒にいるというだけで、安心して前に進もうとしている。その姿が、胸の奥を静かに締めつけた。
家を出ると、朝の空気は少しひんやりしていた。エレナは左右から、セリナ姉と俺に手をつながれ、歩幅を合わせて歩いている。小さな足取りは一生懸命で、時折つまずきそうになるが、その度にセリナ姉が自然に歩調を緩め、俺が反対側から支える。
この光景が、これからしばらくは当たり前になる。その事実に、どこか安堵しながらも、俺は胸の奥で、説明のつかない小さな違和感を覚えていた。
学校の門が見えてくると、周囲にはすでに多くの子どもたちと、その家族の姿があった。エレナと同じように、今日が初登校なのだろう、緊張した顔、泣きそうな顔、無邪気にはしゃぐ顔が入り混じっている。
エレナは、そんな光景を見渡しながら、ぎゅっと俺の手を握った。その力は弱いが、確かな意思を感じさせるものだった。
「だいじょうぶだよね?」
小さな声でそう聞いてくるエレナに、俺は視線を合わせ、はっきりと頷いた。
「大丈夫。セリナ姉もいるし、俺もいる」
その言葉に、エレナは少しだけ安心したように、力を抜いた。
今日から始まる、新しい日常。その第一歩が、今、静かに踏み出されようとしていた。
校舎の前に並ばされた子どもたちは、まだ整列という概念を完全には理解していない。列は歪み、誰かが前に出ては戻され、また別の誰かが泣き出す。そんな中で、エレナはセリナ姉の隣に立ち、俺はその少し後ろに控える形になっていた。
小さな背中が、心なしかいつもより強張って見える。手をつないでいないと、不安が溢れてしまいそうな様子だった。
朝礼が始まり、校長先生が前に立つと、ざわついていた空気が少しずつ静まっていく。大人の声、整った姿勢、厳かな雰囲気。それらすべてが、エレナにとっては初めて触れる「学校」という場所の空気だった。
その中で、校長先生が名簿に目を落とし、はっきりとした声で呼びかけた。
「エレナ・プラム・ブロッサムさん、前へ」
一瞬、エレナの肩がびくりと跳ねた。セリナ姉はすぐに小さく頷き、背中を軽く押してやる。俺も目線で「大丈夫だ」と伝えた。
エレナは一歩、また一歩と前に進き、皆の前に立つ。小さな体が、広い空間の中央にぽつんと置かれたように見えた。
「エレナ・プラム・ブロッサムです。よろしくお願いします」
少し声は震えていたが、言葉は最後まできちんと届いた。その瞬間、周囲から小さなどよめきが起こる。
「かわいい」
「ランダル先生の娘さんだよね」
「セリナの妹か」
囁き声が波のように広がっていく。
校長先生は続けて紹介した。
「この子は、ランダル先生の娘さんであり、セリナ・プラム・ブロッサムさん、ルーメン・プラム・ブロッサム君の妹さんです」
その言葉に、空気がわずかに変わったのを、俺ははっきりと感じ取った。好奇の視線、羨望、そして――わずかな悪意。
その中に、確かに聞こえたのだ。
「セリナにやられたから、あいつに仕返ししとくか」
耳に入った瞬間、胸の奥が冷たくなる。
俺はすぐにセリナ姉を見る。表情は平静を保っているが、視線の奥は鋭く、何かを警戒しているようだった。エレナはまだ状況を理解していない。ただ、無事に自己紹介を終えられたことに安心したのか、こちらに小さく手を振っている。
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