表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/114

エアリス編 第三章 魔術の特訓 ~無詠唱魔術の開花~⑤ 5属性

 父との約束を交わした翌日から、僕の生活はこれまでの常識を遥かに超える速度で回り始めた。

 「十二歳までは極端に魔術のみの道へは行かせない」という父の言葉は、裏を返せば「学校の枠組みの中であれば、どれほど魔術を極めても良い」という意味でもあった。僕は学校に通い、姉セリナと共に通学路を歩き、午前中の座学をこなすというルーメンとしての日常を維持しながら、その空いた時間のすべてを修練へと注ぎ込んだ。

 リリィ先生は、父の出した条件に当初は肩を落としていたが、僕の「学校での学びと並行して特訓を受ける」という姿勢を見て、即座に特別カリキュラムを組んでくれた。

「ルーメン君、いいわね。あなたが十二歳になるまでの間に、私が教えられるすべての基礎と応用を、この学校の授業内で叩き込みますよ」

 リリィ先生の青い瞳は、昨日までの驚愕を超え、一人の弟子を育てる情熱に燃え上がっていた。

 僕は彼女の指導の下、火・水・風・土、そして癒しの全五属性魔術を、文字通り瞬く間に吸収していった。

 無詠唱という最強の武器を持つ僕にとって、魔法の構築は「言葉による制約」を受けない、自由なイメージの表出そのものだった。

 初位の魔法を完全に自分のものとした僕は、そのまま中位、そしてついに、成人してようやく使えるようになる「上位魔法」の全五属性すべてを、この五歳の年齢で習得してしまったのだ。

「……信じられないわ。火、水、土、風、そして聖なる癒し……。五歳の子供が、すべての上位魔法を無詠唱で放つなんて。これはもう、魔術の歴史を書き換えるどころの話じゃないわよ……」

 リリィ先生は、僕が手のひらの上で完璧に制御された上位火炎魔法「フレイムバーン」や、上位の癒し魔術「ブライトヒーリング」を披露するたびに、呆然と立ち尽くしていた。

 だが、僕自身は浮き足立つことはなかった。

 掌を開けば、そこには詠唱も何もなく、ただ僕の意思に従って寄り添う白銀の光が生まれる。この魔力の感覚、この現象の理。それを究めることは、僕にとって呼吸をするのと同じくらい自然で、切実なことだった。



 魔術においては神童の名を欲しいままにし、五歳にして上位マスターとなった僕だったが、一方で、父ランダルとの剣術修行においては、常に分厚い「壁」にぶつかっていた。

 毎日、放課後の校庭、あるいは屋敷の庭で父と向かい合う。

 模擬剣がぶつかり合う鈍い衝撃。

 父の放つ気合の咆哮。

 それらを受け止めるたび、僕の脳裏には今世とは無関係な、けれど魂に深く刻まれた「負の記憶」がフラッシュバックするのだ。

(――痛い。……また殴られるのか? ……また、否定されるのか?)

 かつて受けた暴力の記憶、人格を否定されるような冷酷な仕打ち。それらが呼び覚ます生理的な恐怖と拒絶反応が、剣を振るう僕の腕を、どうしても強張らせてしまう。

 痛みそのものよりも、「痛みを伴う暴力的な状況」への根源的な苦手意識が、僕の成長を阻害していた。

 父ランダルは、僕のその不自然な怯えを、修行不足ゆえの未熟さと捉えていたのだろう。

「ルーメン! なぜそこで剣を止める! 剣は心で振るものだと言ったはずだ! 恐怖を断ち切れ!」

「……はいっ、父さん……!」

 そんな葛藤の中にありながらも、僕は父の期待に応えるべく必死に食らいついた。

 一対一の『厳流型げんりゅうがた』と、集団戦を想定した『陣越型じんえつがた』。これらは父の徹底した基本指導により、五歳の肉体でありながら「中位」まで習得することに成功した。

 だが、闇討ちや不意打ち、撤退戦を主とする『背散型はいさん』だけは、どうしても苦手意識を克服できず、「初位」の域を出ることができなかった。奇策や「正攻法ではない」動きが、僕の魂に残る「正しくあらねばならない」という呪縛に触れるのか、最後まで身体に馴染まなかったのだ。

「……背散型は、生き残るための型だ。だか、お前にはまだ、その泥を啜ってでも生き抜くという執念が足りないようだな」

 父の言葉に、僕は悔しさを噛み締めながらも、自分の精神的な脆さを認めざるを得なかった。



 季節は巡り、ルゼリアの丘を冷たい冬の風が吹き抜け始めた。

 僕が学校に通い始めてから、もうすぐ一年が経とうとしている。

 この一年で、僕は父との約束通り、読み書きと算術をほぼ完璧にマスターした。文字を覚えたことで、前世の記憶にある様々な知識をこの世界に応用する準備も整った。

 学校の帰り道、緋色の髪を美しくなびかせながら、セリナ姉が僕の隣を歩いている。

「ルーメン、本当に凄いわね。私なんて、いまだにリリィ先生に『ウォーターボールの形状が歪んでいる!』って怒られているのに、あんたは五属性の上位マスターだなんて」

 セリナは笑いながら僕の肩を叩く。彼女は剣術においては父譲りの才能を遺憾なく発揮し、すでに中位の上を伺うほどの実力者となっていた。

 家に戻れば、0歳の妹エレナが母リオラに抱っこされている。

 この五歳の体には、あまりにも重いほどの才能と、それ以上に重い「守るべきもの」が詰まっていた。

 雪が舞い始めたある夜。僕は自室の窓から、銀世界に変わる庭を見つめていた。

 掌を開けば、そこには無詠唱で灯る、静かな光の玉がある。

 五歳にして、五属性の上位魔法を習得。

 厳流型・陣越型の中位習得。

 読み書き算術の完遂。

(……土台は、できた。父さんの言う『自立するための準備』は、この一年で驚くほどの形になった)

 僕は静かに瞳を閉じ、明日から始まる「五歳の締めくくり」、そして間もなく訪れる六歳の誕生日への期待を胸に、深い眠りへとついた。

 梅の花が言っていた、《ハーモニック・リコンストラクション》という世界の歪みを再構成する力。その真実に触れるための資格を、僕は今、確実に手にしつつあった。


最後まで読んで頂きありがとうございます


少しでもお気に召しましたら、ブックマークと☆の評価をお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ