エアリス編 第三章 魔術の特訓 ~無詠唱魔術の開花~③ 驚愕のリリィ
翌朝、窓から差し込む眩しい朝陽で目を覚ました僕は、真っ先に昨夜の出来事を思い出した。
(あれは夢だったんだろうか。……いや、あの光の感触、確かに手のひらに残っている)
僕は茶色の髪を乱暴に掻き乱すと、ベッドの上に座り直した。
そして、昨夜と同じように、言葉を発することなく、ただ「ライトニング」という魔術名とその魔術だけを強烈に脳裏にイメージした。
体内の魔力の流れが一気に始まり、そのイメージ通りに魔力が流れ、一気に手に魔力が集中し、手から魔術が放たれた。。
パッ。
何の音もなく、僕の手の上には昨日まで苦労して詠唱していた「ライトニング」が、当時よりも遥かに純度の高い輝きを放って出現した。
(……本当だ。詠唱がいらない。どうして? リリィ先生も、母さんも、『魔術には詠唱が必要だ』って、あんなに強調していたのに)
僕は何度も試してみた。
魔力を込めれば、光は出る。
魔力を解けば、光は消える。
まるで自分の指を動かすのと同じくらい、自然に。
他の魔術でも試してみた、ウォーターボール、ファイヤーボール、ウインドブリーズ、サンドストーン、ヒーリング。すべての魔術が魔力の流れと発動の感覚とイメージだけで放たれた。
(もしかして、練習しすぎるとこうなるのかな? ……でも、学校で教わったことと明らかに違う。今日は魔術の日だ。リリィ先生に、ちょっと聞いてみよう)
僕は期待と、少しの不安を抱えながら、いつものように緋色の髪の姉セリナの手を取り、学校への道のりを歩き始めた。
午後の魔術の授業。
青い髪をなびかせ、颯爽と現れたリリィ・アーデント先生は、今日も凛とした態度で教壇に立っていた。
授業が一息ついたタイミングで、僕は意を決して彼女の元へ駆け寄った。
「あの、リリィ先生。少し質問があるのですが……」
「あら、ルーメン君。どうしたの? また何か新しい発見でもあったかしら」
リリィ先生は優しく微笑みながら、僕の茶色の髪の高さまで屈んでくれた。
「あの、昨日の夜、ふと気づいたんです。……詠唱をしなくても、魔法が出せるようになってしまったみたいで。これって、普通のことなんですか?」
その瞬間、リリィ先生の微笑みが凍りついた。
彼女の青い瞳に、隠しきれない動揺と、あるいは「嘘をついているのではないか」という僅かな疑念が走ったのを、僕は見逃さなかった。
「……ルーメン君、それは……少し冗談がすぎますよ。無詠唱で魔術を発動させるなんて、そんなこと……」
彼女はため息を吐き、困ったように首を振った。
「いいですか、魔術は世界への『契約』です。言葉にして宣言することで、初めて精霊や世界の理が応えてくれるもの。……あなたがもし、本当にそう言っているのなら、ここでやってみてください」
リリィ先生の視線は、まだ僕を試すような鋭さを孕んでいた。
僕は無言で頷くと、彼女の目の前で右手を差し出した。
「はい、わかりました、リリィ先生」
集中。
たった一秒。
僕が何も言わずに、ただ掌を見つめた瞬間。
リリィ先生の顔を白く照らし出すほどの、眩しく、それでいて静かな光の玉が、僕の手の上に忽然と姿を現した。
「――っ!?……な、……」
リリィ先生の顔から、すべての色が失われた。
彼女は自分の目を疑うように何度も瞬きをし、それから震える手を僕の光の玉にかざした。
「本当に……。本当に、詠唱していませんね……? 唇も、喉も、一切動いていない。魔力の気配だけが、唐突に形を成した……」
リリィ先生はガタガタと椅子を鳴らして立ち上がると、僕の両肩を強く掴んだ。彼女の青い瞳は、先程までの疑念とは正反対の、狂おしいほどの情熱と興奮に燃え上がっていた。
「ルーメン君! あなた、……あなたは、魔術の天才になるかもしれません! いえ、もう天才の入り口に立っています!」
「……先生、詠唱なしで魔術を出すのは、そんなにすごいことなんですか?」
僕の問いに、リリィ先生は顔を真っ赤にして叫んだ。
「すごいなんてものではありません! それを『無詠唱魔術』と言うのですが……私の知っている限り、現代の魔導士でこれを実戦で使える人なんて見たことがありません! もちろん、私だってできません! これは、歴史に名を残すレベルの偉業なんです!」
リリィ先生はさらに身を乗り出し、ほとんど鼻の先が触れ合うほどの距離でまくし立てた。
「ルーメン君! あなたが望むなら、ぜひ、私の研究室へ来てください! 私が持っている知識のすべてを教えます。一緒に魔術の特訓をしましょう。あなたの才能を、ここで終わらせてはいけないわ!」
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