表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

223/245

リリィ編 第五十二章 リリィ師匠と魔術の特訓⑤ 風魔術聖位

ウォーターストームの余韻が、まだ草原の空気に残っている中で、リリィ師匠は俺の方を見て、静かに言った。

「では、次に行きましょうか」

その声音には、“休憩”という選択肢は含まれていなかった。

だが、無理をさせる響きでもない。

(……まだ、続くんだ)

正直に言えば、身体はかなり魔力を使っている。それでも、不思議と不安はなかった。

今なら、まだ踏み出せる。


リリィ師匠は、歩きながら続ける。

「次は、風魔術の聖位です」

その言葉に、俺は自然と背筋を正した。

風魔術。

俺にとっても、比較的得意な属性の一つだ。

「ウインドテンペスト」

リリィ師匠は、魔術名を口にするだけで、その“完成形”を想像しているようだった。

「水の聖位と、原理そのものは変わりません」

その一言に、俺は思わず、目を瞬いた。

「……変わらない、ですか?」

問い返すと、リリィ師匠は頷く。

「ええ。広範囲に魔力を波及させ、中心を作り、渦を生み出す」

指で、空中に円を描く。

「ウォーターストームが“雨と水の嵐”を作るなら、ウインドテンペストは“風そのものの嵐”を作ります」

言葉は簡潔だが、頭の中で、先ほどの水の嵐が、そのまま“風”に置き換わっていくのが分かった。

(……ああ)

(同じだ)

雨粒が、風の刃に。水の流れが、気流の奔流に。空間そのものを支配する感覚。

「違うのは……」

と、リリィ師匠は続ける。

「風は、形がない分、暴れやすい、ということです」

その言葉に、自然と、さっきの暴走気味だったウォーターストームを思い出す。

「水は、質量があります。制御の“手応え”がある」

一歩、こちらを振り返って。

「でも、風は違う。油断すると、すべてを飲み込みます」

声は静かだが、警告として、十分だった。

「何もかもが、風の嵐に飲み込まれてしまうほどに」

その光景が、はっきりと頭に浮かぶ。

木々が引き裂かれ、地面が露出し、空間が歪むような圧力。

「……大体、分かりましたか?」

問われて、俺は、ゆっくりと頷いた。

「はい」

迷いのない返事だった。

理解できた、というより、繋がった感覚があった。

水で学んだことが、そのまま風に応用できる。

(聖位って……)

(属性ごとの“別物”じゃないんだ)

世界に干渉する、“構造”そのものを扱う段階。

だからこそ、一度掴めば、次へ進める。


リリィ師匠は、俺の表情を見て、わずかに口元を緩めた。

「では、見ていてください」

その言葉と同時に、空気が、ぴりっと張り詰めた。

次は、風だ。

俺は、師匠の背中から、一瞬たりとも目を離さなかった。

この瞬間を、逃したくなかったからだ。



リリィ師匠は、俺から少しだけ距離を取った位置で足を止めた。

草原の中央。遮るもののない、広い空間。

「よく見ていてください」

その一言のあと、リリィ師匠は静かに息を整える。

先ほどまでと違うのは、周囲の空気が、“待っている”ように感じられたことだった。

魔力が、まだ動いていないのに、すでに集まり始めている。

(……来る)


次の瞬間、リリィ師匠は詠唱を始めた。

「壮大なる風の魂よ、ここに集いて、その根源たる脅威の畏怖を示し、壮大なる力を見せつけよ……」

声は、風に溶けるように広がる。

「ウインドテンペスト」

その言葉が、空間に刻まれた瞬間だった。

ごうっと。低く唸るような音が、足元から立ち上がる。

風が、回り始める。最初は、ほんの小さな渦だった。

だが、一呼吸もしないうちに、それは急激に成長する。

草が、根元から引き抜かれ、土が舞い、空気そのものが、螺旋を描いて持ち上がっていく。

「……っ」

思わず、喉が鳴った。

(竜巻……!)

それは、まぎれもなく、自然災害として語られる“それ”だった。

けれど、決定的に違う点がある。

制御されている。

渦の中心は、一点に固定されている。暴れ回る気配はない。


リリィ師匠は、そのまま、魔力の出力をわずかに強めた。

すると、渦が、一段階、太くなる。音が、低く、重くなる。引き込まれる力が、目に見えるほど増した。

近くにあった木々が、ばき、と音を立てて折れ、そのまま、風の渦に飲み込まれていく。

(……強弱)


次の瞬間、リリィ師匠が、ほんの少し、魔力を緩める。

途端に、竜巻の勢いが落ちた。破壊力が、一段階、下がる。

それでも、完全には消えない。

「……!」

そして、リリィ師匠は、ゆっくりと歩き出した。

それに合わせて、竜巻が、移動した。

「っ……!」

俺は、思わず一歩、後ずさる。

風の渦は、地面を削りながら、師匠の動きに追従する。

右へ。左へ。

魔力の流れをずらすだけで、竜巻も、自然に向きを変える。

(……完全に、操ってる)

それは、“発動した魔術”ではなく、“手の中にある現象”だった。

しばらくして、リリィ師匠は足を止め、魔力を、すっと引いた。

渦は、音もなく、空気に溶けるように消えていく。

草原には、削られた地面と、倒れた木々だけが残った。


静寂。

俺は、しばらく言葉を失っていた。

(……これが)

(風魔術の聖位……)

ただ強いだけじゃない。ただ派手なだけでもない。制御できる災害。

リリィ師匠は、こちらを振り返る。

「理解できましたか?」

問いかけに、俺は、深く息を吸ってから答えた。

「……はい」

胸の奥が、熱くなっていた。

怖さもある。だが、それ以上に。

(……やってみたい)

その感情が、はっきりとあった。

リリィ師匠は、その表情を見て、小さく頷いた。



「さあ、ルーメン君。やってみてください」

リリィ師匠の声に、俺は小さく息を整えた。先ほど見せられた光景が、まだ脳裏に焼きついている。

竜巻の圧、音、地面が削られる感覚。それらを思い出しながら、俺は自分の中にある風の魔力へと意識を向けた。

水魔術の聖位と原理は同じだ、と師匠は言っていた。広範囲に波及させ、渦を作り、そこへ魔力を集束させる。違うのは、媒介が水ではなく「風」だという点だけだ。


「壮大なる風の魂よ、ここに集いて、その根源たる脅威の畏怖を示し、壮大なる力を見せつけよ……ウインドテンペスト」


詠唱を終えた瞬間、足元の空気が一気にざわめいた。草が一方向へ倒れ、風が回転を始める。

最初は小さな渦だったが、魔力を少しずつ乗せるにつれて、渦は明確な形を持ち始めた。

俺は無意識に歯を食いしばる。力を入れすぎれば暴走する。入れなさすぎれば、ただの突風で終わる。その境界を探るように、慎重に魔力を調整した。


渦は、はっきりとした竜巻へと成長した。周囲の空気を引き込み、低い唸り声のような音を立てて回転している。

俺は、リリィ師匠がやっていたのと同じように、魔力をわずかに強めてみた。すると竜巻は太くなり、引き込む力が増した。逆に魔力を緩めると、勢いが一段落ちる。その変化が、はっきりと手応えとして返ってくる。


「いいですね。その調子です」

師匠の声が聞こえる。次に俺は、竜巻を動かすことを意識した。魔力の流れを、ほんの少しだけ横へずらす。すると、竜巻はそれに引っ張られるように移動した。右へ、左へ。最初はぎこちなかったが、数回繰り返すうちに、渦の中心を自分の意志で導ける感覚が掴めてきた。


(……できてる)

胸の奥で、確かな実感が芽生える。これは偶然じゃない。水魔術で学んだ制御の感覚が、そのまま風にも通用している。俺は最後に、ゆっくりと魔力を引いた。竜巻は徐々に細くなり、音を弱め、やがて何事もなかったかのように消えていく。草原には、削られた地面と倒れた草だけが残った。


リリィ師匠は、満足そうに頷いた。「発動だけでなく、制御までできていますね。強めて、弱めて、動かす。ここまでできれば十分です。ウインドテンペストも、習得と考えていいでしょう」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。聖位の魔術を、また一つ、自分のものにできた。その実感と同時に、師匠の背中が、また一歩近づいたような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ