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エアリス編 第二章 異世界の学校 ― 魔術と剣術 ―⑤ リリィ・アーデント

 学校に到着し、午前中の読み書きと算術を終えた頃、教室の空気は昨日とは違う、どこか知的な期待感に包まれていた。

 やがて、廊下にカツカツと軽やかな靴音が響き、一人の女性が教室に入ってきた。

 一瞬、僕は自分の目を疑った。

 そこに立っていたのは、透き通るような青い髪をなびかせ、いかにも「魔術師」といった風情の、紺碧のローブを纏った女性だった。

(……若い。……いや、若すぎる。前世の記憶に照らせば、中学生か高校生くらいにしか見えないぞ。本当に、この人が先生なのか?)

 彼女は教壇に立つと、凛とした、けれど涼やかな鈴の音のような声で口を開いた。

「はい、皆さん。午後の魔術の時間を始めますよ。……おっと、今日は新入生がいるのでしたね」

 彼女の青い瞳が、まっすぐに僕を射抜いた。その視線には、少女のような可憐さと、深淵を覗き込むような魔術師特有の鋭さが同居していた。

「たしか、ランダルさんの息子さんの、ルーメン君。……私は魔術師のリリィ・アーデントといいます。ルゼリアの魔術指導を担当しています。よろしくお願いしますね」

 彼女の丁寧な挨拶に、僕は背筋が伸びる思いだった。

(リリィ・アーデント……。若く見えるけど、放っている魔力の圧が、父さんとはまた違った意味で圧倒的だ)

「さて、授業に入る前に、まずは魔術の根本的な理について復習しましょう。ルーメン君は初めてですから、よく聞いておいてくださいね」

 リリィ先生は教鞭を執り、黒板に鮮やかな魔方陣の図形を描きながら解説を始めた。


 リリィ先生の講義は、驚くほど整然としていた。

「魔術には、大きく分けて七つの『属性』が存在します。火・水・風・土・癒し、そして稀少魔術の光と闇。人にはそれぞれ、生まれ持った相性のいい属性があり、それを『適性属性』と呼びます」

 彼女は指先で小さな火を灯し、それを瞬時に水の玉へと変えてみせた。

「適性がない属性でも、訓練次第である程度は扱えるようになります。ですが、真の高みを目指すなら、自分の魂がどの属性を望んでいるかを知ることが不可欠です」

 さらに、彼女は魔術を扱うための燃料となる「魔力」についても触れた。

「魔術を放つには、体内の魔力を使います。魔力量には個人差がありますが、若いうちから魔力を使い、限界まで絞り出す訓練を繰り返すことで、その『器』を大きくすることができます。また、魔術を形にするためには『詠唱』が必要です。簡単な術なら短く、強力で複雑な術になるほど、詠唱は長く、緻密なものになります」

 そして、魔術の到達点を示す「ランク」についての解説が続いた。

「魔術には、その威力と精緻さに応じて五つのランクがあります。最も基礎的な初位。戦士として独り立ちできる中位。一軍を左右する上位。そして、奇跡の領域とされる聖位。最後に、歴史に名を刻む伝説の神位です」

 初位・中位・上位・聖位・神位。

 その言葉を聞いた瞬間、僕の胸は激しく拍動した。

(聖位……神位……。僕の中にある、あの梅の花の力は、一体どのランクに位置するんだろう)



「では、知識はこのくらいにして、実際にルーメン君の資質を調べてみましょう。……前へ来てください」

 リリィ先生が取り出したのは、淡い虹色の光を放つ、美しくも不気味な輝きを湛えた水晶玉だった。

「これは『魔相水晶まそうすいしょう』といいます。これに触れることで、生まれ持った魔力の属性と、現在の魔力量を視覚化することができます」

 僕は固唾を飲んで壇上へ上がった。教室中の視線が、僕の左手に集まる。

「ルーメン君、この水晶にそっと両手を置いてみて。……そう、リラックスして」

 水晶に触れた瞬間、ひんやりとした冷気が掌から全身を駆け巡った。

 直後、水晶の内部に激しい光の渦が巻き起こった。

 白く、神々しい輝きが水晶を埋め尽くし、その表面にルシアーク文字が浮かび上がる。

「……えっ?」

 リリィ先生の声が、驚きに微かに震えた。彼女は水晶に浮かんだ文字を、食い入るように見つめている。

「ルーメン君……。あなたの主属性は『光』ですね。……光は、適性を持つ人が極めて少なく、王国でも数えるほどしかいない非常に貴重な属性です。……凄いですね」

 教室が今日一番のざわめきに包まれた。

「光だって!?」「あのチビ、そんな稀少属性なのかよ!」

 けれど、リリィ先生の驚きはそこでは止まらなかった。彼女の眉間が、険しく寄せられる。

「……待ってください。これは……? 光属性の背後に、もう一つ……見たこともない反応が出ています。……こんな属性、文献でも、王立の図書館の禁書でも見たことがありません。……何か、説明のつかない『不思議な属性』が混ざっていますね……」

 リリィ先生は何度も水晶を確認したが、その文字は彼女の知識を完全に超越していた。

「……まぁ、分からないことは仕方がありませんね。でも、個人的に非常に興味があります。後で詳しく調べたいので、メモを取っておきますね」

 彼女は手帳に素早くペンを走らせながら、最後に魔力量の結果を告げた。

「魔力量は『D』。Aが最高でFが最低という基準の中で、五歳の初鑑定でDというのは、かなり多い方ですよ。……ちなみに、先生はAです。私みたいになれるように、これから一緒に頑張りましょうね」

「はい。……ありがとうございます」

 僕は一礼して席に戻ったが、頭の中はフル回転していた。

(光……光の魔術か。どんなことができるんだろう。そして、あの『不思議な属性』は間違いなく、梅の花からもらった《ハーモニック・リコンストラクション》のことだ。この世界の魔術体系にすら存在しない、僕だけの力……。とりあえず、ちゃんと特別なものを授かっていることが証明されて良かった)


 放課後。夕暮れのルゼリア分校の校庭で、セリナ姉が僕に駆け寄ってきた。

「ルーメン! 光属性なんて、本当に凄いわよ! お姉ちゃん、びっくりしちゃった!」

 彼女の緋色の髪が、茜色の空に溶け込むように輝いている。

「姉さんは、何の属性だったの?」

「私はね、『水』よ。魔力量は……ルーメンと同じD。これでも最初はEだったんだけど、頑張って訓練して、ようやくここまで上げたのよ。なのに、ルーメンは最初からDなんて、ちょっとずるいわ!」

 セリナは笑いながら僕の肩を叩いた。

「私は剣術の方が好きだから、魔術にはあまり興味がないけれど……ルーメンは魔術、もっと学びたいんでしょう? リリィ先生、授業が終わった後でも質問に行けば教えてくれるらしいわよ。凄く真面目な先生だからね」

「……そうなんだ。教えてくれるなら、ぜひお願いしたいな」

 僕は、遠くに見えるジャンヤ川の流れを見つめながら答えた。

「もう少し文字を覚えて、この道のりを一人で歩けるようになったら、居残りしてでもリリィ先生に魔術を教えてもらうよ。セリナ姉、教えてくれてありがとう」

「いいわよ! その代わり、強くなったら私を守ってね。……あ、そうだ、セリナ姉の魔術、今度見せてよ。どんな感じなの?」

「いいわよ! でも、私が今できるのは『ウォーターボール』くらいなんだけどね。えいっ!」

 セリナが指先を掲げると、そこにか細い水の球が浮かび上がった。

 それは母さんの生活魔術とも、リリィ先生の圧倒的な魔力とも違う、セリナなりの「努力の結晶」に見えた。

(……光、そして謎の属性。魔力量D。ここからが本当のスタートだ)

 夕闇が迫る中、僕は痛む足を引きずりながらも、昨日よりずっと軽い足取りで家路についた。

 茶色の髪の少年ルーメンの掌には、世界を再構成する「光」の種が、確かに芽吹き始めていた。


最後まで読んで頂きありがとうございます


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