エアリス編 第二章 異世界の学校 ― 魔術と剣術 ―③ 剣術
座学の授業が一段落し、教室に独特の緊張感が走り始めた。
それまで「読み書きなんて退屈だ」と言わんばかりに欠伸をしていたやんちゃな上級生たちが、急に姿勢を正し、入り口の方を、固唾を飲んで見守り始めたのだ。
ガタッ、と。
重厚な革靴が木の床を鳴らす音が聞こえたかと思うと、一人の男が教室に入ってきた。
「おい、こら、そこ。始めるぞ」
低く、けれど部屋全体の空気を震わせるような威厳に満ちた声。
入ってきたのは、模擬剣を数本抱えた父ランダルだった。
家での、エレナをあやして目尻を下げていたあの優しい父親の顔は、そこにはなかった。今、目の前に立っているのは、ルゼリアの治安を守り、数多の戦場を潜り抜けてきた「ランダル・プラム・ブロッサム先生」その人だった。
「おっ、先生だ!」
「今日は新入生がいるんだろ? お手柔らかに頼むぜ」
上級生たちが野次を飛ばすが、父の鋭い眼光がそれらを一瞬で沈黙させる。
「今日は新入生、ルーメンも加わる。だから、貴様らも基本に返って、素振りから始めるぞ」
「ええ〜っ!」
「また素振りかよ! もっと実戦的なやつをやらせてくれよ、先生!」
生徒たちから文句や嫌がる声が上がるが、父の態度は微動だにしない。
「うるさい。基本ができていない実戦など、ただの自殺志願だ。模擬剣を構えろ!」
その一喝で、教室は一瞬にして道場へと変わった。
僕もセリナから借りた短い木剣を手に取り、周囲に合わせて構える。茶色の髪を汗で滲ませながら、僕は父の動きを一点に凝視した。
「――行くぞ! 振り下ろせ!」
「「「はいっ!!」」」
何十人もの子供たちが一斉に空を斬る音。
シュッ、という鋭い風切り音が重なり合い、教室の埃が舞い上がる。
父は一人一人のフォームを細かくチェックし、時には厳しく修正していく。五歳の僕の小さな手足には、一回の素振りさえも重い。けれど、横で緋色の髪をなびかせながら、一寸の乱れもなく木剣を振るうセリナの姿が、僕を鼓舞してくれた。
一通りの素振りが終わると、父は教壇の前で足を止め、三本の模擬剣を扇状に並べた。
「いいか。この世界の剣術には、大きく分けて三つの『型』がある。これを理解しなければ、剣を振る資格はない」
父の解説は、家で教わっていた時よりも遥かに詳細で、実践的な重みに満ちていた。
「まず、『厳流型』。これは主に一対一、決闘や正面からの戦闘で用いる型だ。無駄を削ぎ落とし、相手の呼吸を読み、最短距離で急所を貫く。剣士としての基本であり、最も奥が深い」
父が木剣を一閃させる。その速さは、五歳の僕の目では捉えきれないほど鋭かった。
「次に、『陣越型』。これは集団対集団、戦場での乱戦を想定した型だ。周囲の味方と呼吸を合わせ、敵の陣形を崩し、流れを支配する。一人の強さではなく、全体の調和を剣で表現する型だ」
父の構えが、横に広がるような、どこか包容力を感じさせる形に変わる。
「そして最後が、『背散型』だ」
父の声が、一段と低くなった。
「これはいわゆる闇討ちや、一対多数の絶望的な状況、あるいは撤退戦で使われる型だ。変幻自在の動きで敵を翻弄し、死角からの一撃で戦況を覆す。……あまり誉められた型ではないが、生き残るためには必須の技術だ」
父ランダルは、そのすべての型において免許皆伝を持つ、王国でも指折りの剣士なのだという。その凄みの一端に触れ、僕は自分の中にあった「剣術への甘え」が消えていくのを感じた。
(……凄いな、父さんは。ただ力任せに振っているんじゃない。戦う状況すべてを網羅し、理詰めで最適解を導き出しているんだ)
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