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エレナ編 第三十四章 挽回のエレナ④ エレナの躍進

それからの日々は、淡々と、しかし確実に積み重なっていった。

学校が終われば、剣と魔術。

剣と魔術が終われば、簡単な休憩を挟んで、また基礎。

特別なことは何もしていない。内容自体は、これまでと変わらない訓練の繰り返しだった。

だが、結果だけが、少しずつ変わっていった。


剣術では、エレナの踏み込みが安定してきた。

以前は一拍遅れていた初動が、サージュとほぼ同時に出るようになる。

対戦形式でも、打ち合いの流れが変わった。


最初は互角。次に、守り合い。そして、いつの間にか、サージュの方が後手に回る場面が増えていく。

「……強くなったね」

ある日の稽古後、サージュが素直にそう口にした。

「そうかな」

エレナは汗を拭いながら、特別な反応を見せない。

「前は、間合いに入るのが怖そうだったのに」

「今は?」

「今は……迷いがない感じ」


セリナも、対戦を見ながら小さく頷いていた。

「剣の型そのものは、まだ粗いところもある。でも、判断が早い。

 考える前に体が動いてるわね」

「中位相当、ってところかな」

ルーメンがそう付け加える。

「全部の型が、ってわけじゃないけど、

 厳流型と陣越型は、もう初位とは言えない」


魔術の方も同様だった。

風魔術と癒し魔術――これまで安定しなかった属性も、初位であれば形になる。

詠唱の途中で魔力が散ることが減り、発動後の反動も小さい。

「……成功率、上がってるね」


ルーメンが記録用に書き留めながら言う。

「前は三回に一回だったのに、今はほとんど外さない」

サージュは少し悔しそうに、でも正直に言った。

「私、まだ風と癒しは安定しないのに」

「サージュも、ちゃんと上手くなってるよ」


エレナはそう言ってから、セリナの方を見る。

「姉ちゃん」

「なに?」

「剣、どの型も中位になれるようにもっともっと教えて」

その言葉に、セリナは一瞬だけ目を見開いた。

「……今までは、そこまで言わなかったのに」

「できるようになりたいから」

それ以上の理由は語られない。

セリナは小さく笑って、頷いた。

「分かったわ。じゃあ、覚悟して。これからは、楽じゃないから」

「うん」


翌日から、剣術の稽古は一段と厳しくなった。

型ごとの反復。連続した打ち込み。守りからの切り返し。

途中で、サージュが座り込む場面も増えた。

ルーメンは水を持って近づく。

「サージュちゃん、大丈夫?」

「はい……ちょっと疲れましたけど」

「最近のエレナ、どう思う?」


問いかけに、サージュは少し考え、正直に答えた。

「強くなりました。剣も魔術も、前よりずっと。対戦でも、守るので必死です」

そう言ってから、続ける。

「でも……納得です」

「納得?」

「だって、エレナちゃんのお姉さんもお兄さんも、すごいじゃないですか。だから、こうなるのは自然かなって」

その言葉を聞き、ルーメンは視線を稽古場に戻した。


エレナは、黙々と剣を振っている。息は荒いが、動きは止まらない。

努力が積み重なり、結果として現れている。

それは、誰の目にも明らかだった。

ただ、この伸び方は、やはり尋常ではない。

セリナとルーメンは、言葉を交わさずとも同じことを感じていた。

「見守るしかないわね」

セリナが、ぽつりと呟く。

「今は、ね」

二人はそう結論づけ、今日も稽古を続けさせることにした。



それからしばらくして、稽古の区切りとなる日が訪れた。

剣術では、エレナは三つの型すべてにおいて中位相当と判断された。

型の完成度に粗は残るものの、実戦での対応力、判断速度、踏み込みの正確さは、明らかに水準を超えている。


対戦形式では、サージュを押し切る場面も増えた。

力任せではない。

間合いを詰め、動きを読み、無駄なく打ち込む。

「……ここまで来るとは思わなかったわ」

セリナは素直にそう言った。

「姉として、誇らしいわ」

その言葉に、エレナはただ小さく頷くだけだった。


そして、魔術の到達が、より分かりやすく“形”になったのは、この日の最後の確認だった。

ルーメンは、いつもの川辺ではなく、庭の端の土の地面を選んだ。

周囲に危険が及ばないよう、的になる杭を立て、距離を測り、順番を決める。

風向き、足場、詠唱の声が途切れない位置。

訓練というより、試験に近い手順だった。


「今日は、回すよ。五属性」

ルーメンが短く告げる。

「中位は、威力だけじゃない。詠唱の安定、魔力の集め方、放ったあとに“残す”こと。全部できて、初めて“中位”だ」

エレナとサージュが並んで頷く。

二人の足元には、すでに何度も踏み固められた練習の跡が残っていた。


まず、エレナは土属性の中位から始めた。

土は最も馴染みがあるはずの属性だが、だからこそルーメンは厳しく見る。

「詠唱、焦らない。足元から胸、胸から手。流れを切るな」


エレナが詠唱し、土の塊が鋭く形を持って射出され、杭の根元をえぐる。

以前なら“土が飛ぶだけ”だったものが、今は狙った場所を削り取っている。

「うん、安定してる」


ルーメンはそう言って、次の属性を示した。

「次、火」

火はエレナにとって後発だった。

最初は火花の散る失敗が多く、サージュの方が得意に見えた。

しかし今は、詠唱の終端で一気に熱が立ち上がり、炎がまとまる。

「火は、余熱を残すな。手の中で暴れる」


ルーメンが言うと、エレナは同じ術をもう一度繰り返す。

二発目で、炎の輪郭がさらに締まった。

放ったあと、腕の震えが以前ほど大きくない。

サージュが小さく声を漏らす。

「……エレナちゃん、今の、すごい綺麗」

「まだ、次があるよ」

エレナはそれだけ返した。


ルーメンは頷いて次へ移す。

「水」

水は発動が“できる”だけなら簡単に見える。

だが中位は、量ではなく圧力と形の維持。

エレナは詠唱し、水が大きな塊となり、杭の横を叩いた。

外れた。だが、水は途中で散らず、塊のまま届いている。

「外れたのはいい。形が崩れてない。次、狙って、同じ形で」

二回、三回。

水の大きな塊が、だんだんと“同じ速度、同じ角度”で飛ぶようになる。

サージュは横で、同じ水の中位を繰り返すが、最後の押し出しが甘く、塊が途中でほどける。

ルーメンはサージュにも言う。

「サージュちゃん、最後の一押しを伸ばして。“出す”じゃなくて“通す”」

「……はい!」


次は、風。

風はエレナにとって、ずっと壁だった。

発動はしても弱い、狙いが定まらない、集中が続かない。

だからこそ、ルーメンは“発動”ではなく“継続”を見た。

「風は、出た瞬間じゃない。術が“続いているか”を見る。短く切るな」

エレナが詠唱し、風の槍が走る。

杭の表面の砂埃が、一直線に払われた。

以前のような、散って終わる風ではなく、刃のように“線”になっている。

セリナが、思わず言う。

「……今の、背散型の間合い取りみたい」

ルーメンも笑わずに頷いた。

「似てるね。風は間合いだ」


最後が、癒し。

癒しは“壊す”属性ではない。

中位は特に、対象への寄り添いが要る。

そこでルーメンは、わざと小さな擦り傷を作った布の束を用意していた。

切り傷ではない、負担が少ないもの。だが癒しの差が出る。

「キュアヒーリングを越えて、癒しが“深く”入るかを見る」

エレナは詠唱し、淡い光が布の傷へ沈んでいく。

発動の瞬間、空気が少し重くなった。

癒しの魔力が広がるのではなく、対象に“吸い込まれる”ように収束している。

「……うん」

ルーメンが短く頷く。


「中位として成立してる。五属性、全部、形になった」

その宣言は、静かだったが、重かった。


サージュも同じ順で試す。

火・土・水は中位に届きつつある。

だが風と癒しは、まだ初位の延長で止まりやすい。

魔力が途中で切れる。術の形が保てない。


サージュは息を整えながら、笑って言った。

「……エレナちゃん、先に行っちゃったね」

「一緒に練習しよう」

エレナはそう返し、二人で水を飲む。

魔力切れの前兆が出る前に止める判断ができているのも、以前と違う点だった。


セリナが腕を組み、改めてルーメンに小声で言う。

「ねぇ、ルーメン。今日のエレナ、すごくなかった?なんかやっと成長しだしたって感じがする。姉としてもうれしいわ」

ルーメンは頷く。

「そうだね。何か掴んだような、高い壁を越えたような感じがする。急成長って言葉が一番近い。……でも、今までと違いすぎて、ちょっと驚いてるのも、本音かな」

セリナは即座に言い切った。

「私たちの妹なんだから、当たり前よ。気にする必要ないわ。もっともっと教えてあげて、エレナを強くしてあげましょう」

「そうだね。僕も頑張って教えるよ」

この日、四人は静かに稽古場を後にした。

エレナは、何も語らないまま。

ただ、いつも通りの足取りで。


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