エレナ編 第三十一章 エレナの決断② サージュ
エレナには、学校でいつも一緒にいる友達がいる。名前はサージュ。同い年で、同じ二年生。席が近くなったのがきっかけで、気づけば毎日のように話すようになっていた。
入学のときに行われた魔相水晶の判定も、二人はよく覚えている。エレナは土属性の魔力E、サージュは火属性の魔力E。結果を聞いた瞬間は、よく分からないまま頷いただけだったけれど、後になって「同じくらいだね」と顔を見合わせて笑った。その時から、二人の距離は自然と近くなった気がする。
剣術の授業では、二人とも厳流型の初位。構えも動きも、まだぎこちなくて、先生に何度も注意される。でも、サージュが転べばエレナが手を伸ばし、エレナが剣を落とせばサージュが拾ってくれる。失敗を笑い合える相手がいるだけで、剣の重さは少し軽く感じられた。
魔術の時間も同じだ。エレナは土魔術の初位、サンドストーン。サージュは火魔術の初位、ファイヤーボール。どちらも、最初はうまく形にならなくて、魔力が散ったり、詠唱の途中で止まったりした。それでも二人は諦めず、授業が終わったあとに校舎の隅でこっそり復習する。
「今の、ちょっと惜しかったよ」「次はきっとできる」
そんな言葉を掛け合いながら、何度も何度も挑戦した。
ある日、サージュが言った。
「ねえ、エレナ。私、エレナのサンドストーン、好き。ちゃんと固くなるところ」
エレナは驚いて、でも嬉しくて、すぐに返す。
「サージュのファイヤーボールも、きれいだよ。まっすぐ飛ぶもん」
褒め合うたびに、胸の奥が少し温かくなる。
サージュは、エレナにとって初めての、同じ目線で頑張れる相手、だった。兄や姉のように遠くない。先生のように上からでもない。隣で、同じ速度で歩いてくれる存在。だからこそ、エレナはサージュの前では、素直な気持ちを隠さずにいられた。
「もっと上手くなりたいよね」
サージュが言えば、エレナは迷わず頷く。その言葉には、憧れだけじゃない、現実的な願いがこもっていた。二人はまだ幼い。でも、同じ場所で、同じ悩みを抱えている。そのことが、エレナに小さな勇気を与えていた。
放課後、校舎の影が長く伸びるころになると、エレナとサージュは自然と同じ場所に集まった。校庭の端、土が少し盛り上がっているところ。先生の目が届きにくく、でも危なくない場所だ。
「じゃあ、エレナからね」
サージュが言う。エレナは小さく息を吸い、両手を前に出した。詠唱は、もう何度も口にしてきた言葉。それでも毎回、胸が少しだけ高鳴る。
「大いなる大地よ……」
声が震え、土の粒が集まる。最初は崩れてしまったけれど、何度か繰り返すうちに、石の形が少しずつ保たれるようになった。
「今の、前より硬い!」
サージュの声に、エレナは思わず笑う。失敗した時は悔しいけれど、成功の兆しが見えた瞬間、胸の奥がぱっと明るくなる。その気持ちを、サージュはすぐに分かってくれる。
次はサージュの番だ。指先に意識を集め、詠唱を唱える。
火花が散り、最初は風に流されるように消えた。
「あっ……」
と肩を落とすサージュに、エレナは首を振る。
「今の、ちゃんと熱あったよ。もう一回」
その一言で、サージュはまた顔を上げる。
二人は、互いの属性を教え合うことにした。エレナは土の集め方を、サージュは火の保ち方を。
自分では当たり前だと思っていた感覚を言葉にするのは難しい。
それでも、伝えようとするたびに、魔術の仕組みが少しずつ頭の中で整理されていった。
何度目かの挑戦で、サージュのファイヤーボールが安定して浮かび、エレナのサンドストーンも崩れずに形を保った。
二人は顔を見合わせ、同時に息を吐く。
「できた……」
「できたね」
声は小さかったけれど、その瞬間の達成感は、授業で褒められた時よりもずっと大きかった。
「私たちでも、ちゃんとできるんだね」
サージュの言葉に、エレナは強く頷く。誰かに教えてもらわなくても、工夫して、考えて、続ければ前に進める。ほんの少しだけれど、そんな自信が芽生えた。
でも同時に、エレナの胸には別の思いも浮かんでいた。これ以上を目指すなら、きっと限界が来る。今の成功は嬉しい。でも、兄や姉の背中は、まだ遠い。
土の上に残った小さな石と、消えかけの火の跡を見つめながら、エレナはその距離を、はっきりと意識していた。
その日の帰り道、エレナの足取りはいつもより重かった。サージュと一緒に練習して、確かにできることは増えた。少し前より、魔術も剣の型も、ほんの一歩だけ前に進めた気がする。
それなのに、胸の奥に引っかかるものが消えない。これで、本当にいいのかな。
家に帰ると、いつもの光景が待っていた。父は剣の手入れをしていて、母は台所で忙しそうに動いている。セリナ姉ちゃんは黙々と素振りを続け、ルーメン兄ちゃんは本を広げて魔術の理論を読んでいた。
その姿を見た瞬間、エレナの胸がきゅっと縮む。みんな、自分の道を進んでいる。なのに、エレナは……。
「お父さん、剣、もう少し教えてほしいな」
勇気を出して声をかけると、父は優しく笑った。「エレナはまだ小さい。学校で習ってることを、まずしっかり身につけなさい」
「じゃあ、お母さん、魔術は?」
母も同じように、穏やかな声で言う。「今は基礎が一番大事よ。焦らなくていいの」
その言葉に、悪意はない。それは分かっている。分かっているからこそ、エレナは何も言い返せなかった。
まただ。「まだ幼いから」「今は早いから」。その言葉が、エレナの中で何度も繰り返される。
夜、布団に潜り込んでも、昼間の光景が頭から離れなかった。セリナ姉ちゃんの迷いのない剣筋、ルーメン兄ちゃんの自然な魔力の流れ。あんなふうになりたい、ただそれだけなのに。
「どうして、教えてくれないの……」
声に出してみても、答えは返ってこない。家族は優しい。大切にしてくれている。それでも、エレナは自分だけが、少し後ろに置いていかれているような気がしていた。
サージュと一緒なら、できた。工夫すれば、前に進めた。
でも、家族に頼めないこの現実は、思っていたよりも重かった。
エレナは小さな手をぎゅっと握りしめる。悔しさと、置いていかれるような不安が、静かに胸に広がっていった。




