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エレナ編 第三十一章 エレナの決断① エレナの誕生日

第三十一章 エレナの決断


エレナは四歳の誕生日を迎え、学校生活も二年生になった。たった一つ数字が増えただけなのに、朝、服を着替える時も、靴を履く時も、胸の奥が少しだけ誇らしくなる。「私、もう二年生なんだ」そう思うたび、背筋がしゃんと伸びる気がした。


誕生日の日は、家の中が朝からいつもより賑やかだった。台所から漂う匂いが甘くて香ばしくて、鍋の蓋がカタカタ鳴って、木の皿が重なる音がして、母さんの足音が忙しく行ったり来たりしている。

エレナはそれだけで、今日が特別な日なんだと分かった。テーブルの上には、肉がどん、と豪快に置かれ、焼けた脂の匂いがふわっと広がっていた。果物も、いつもより種類が多い。赤い実、黄色い実、甘い香りがするものまで、木の器にこんもり盛られている。「わあ……!」思わず声が出て、エレナは椅子に登る前から身体を揺らしてしまう。


「エレナ、おめでとう」母さんがそう言って、頭を撫でてくれる。手のひらがあたたかい。父さんは少し照れたように咳払いをしてから、「四歳だな。大きくなった」と短く言って、エレナの前に一番大きい肉の切れを置いた。セリナ姉ちゃんは「えらい、エレナ。二年生だもんね」と微笑んで、果物を分けてくれる。ルーメン兄ちゃんはいつもの穏やかな目で「おめでとう、エレナ。今日はいっぱい食べていい日だよ」と言ってくれた。その言葉だけで、胸の中にふわっと花が咲いたみたいに嬉しくなる。食卓の音は、噛む音、笑う声、木の杯が触れ合う音で満ちていく。エレナは口いっぱいに肉を頬張りながら、幸せってこういうことなんだ、とぼんやり思った。


でも、食べ終わっても、その嬉しさの余韻が消えないまま、ふとした瞬間に、胸の奥で別の気持ちが小さく動いた。お祝いの言葉をもらって、優しくされて、笑って、それだけで十分、嬉しいはずなのに。夜、布団に入って天井を見上げたとき、エレナは自分の中に「もっと」という音があるのを見つけてしまった。二年生になった。四歳になった。読み書きも、算術も、少しずつ分かることが増えてきた。先生に褒められると嬉しい。だけど、それだけじゃ足りない。足りない、という言葉はまだ上手に言えないけれど、胸の真ん中に、じわじわ熱くなるものがある。


思い出すのは、セリナ姉ちゃんが剣を握る姿だ。模擬剣でも真剣でも、足の運びが迷わなくて、振るたびに風が切れる。父さんが「いいぞ」と言うと、姉は少し誇らしそうに笑う。

次に浮かぶのは、ルーメン兄ちゃんが魔術を使う時のこと。眩しい光がふわりと生まれて、空気が澄んでいくような感覚。エレナは、その光を見るたびに、胸がきゅっと締まる。「私も、ああなりたい」言葉にすると少し恥ずかしい。でも、恥ずかしいくらい、強く思う。


誕生日の数日後。学校から帰る道で、エレナは小さな石を蹴った。ころころ転がる石を追いかけながら、心の中でつぶやく。「私も、四歳になったんだもん」四歳は、まだ小さい。そう言われる。でも、二年生だ。二年生は、もう“できること”が増える学年だ。読み書きと算術だけじゃなくて、剣術も、魔術も。ちゃんとできるようになりたい。誰かの後ろに隠れているだけじゃなくて、自分の足で立って、剣を握って、魔力を出して、「できた」って言いたい。

その気持ちは、誕生日の豪華な料理の匂いよりも、ずっと長く、エレナの中に残っていた。胸の奥で、小さな火が灯ったみたいに。消えないまま、静かに燃え続けていた。


誕生日を過ぎてから、エレナの中で何かが静かに変わり始めていた。学校で文字を書く時も、算術の問題を解く時も、以前より集中できるようになった気がする。それは成長したから、だけではない。心のどこかで、「次」を見ている自分がいるからだ、とエレナはぼんやり思う。

剣術の授業で木剣を握ると、セリナ姉ちゃんの背中が自然と浮かぶ。力強くて、迷いのない動き。先生の声よりも、姉の姿のほうが、ずっと近くに感じられる。


魔術の時間になると、今度はルーメン兄ちゃんの顔が思い出される。詠唱を唱えなくても魔力が流れ、光が形になる、その不思議さと綺麗さ。エレナは、ただ見ているだけなのに胸が熱くなって、指先が少し震える。

「私も、ああなりたい」その気持ちは、前よりはっきりしてきた。でも同時に、分かってしまうこともある。セリナ姉ちゃんとルーメン兄ちゃんは、ずっと先を歩いている。

自分より何年も前から、剣を振り、魔力を使ってきた。優しくて、頼めば何でも教えてくれそうなのに、いざ「教えて」と言うと、決まって同じ言葉が返ってくる。「まだ幼いから」「学校で習うことを大事にしなさい」。


その言葉は、怒られているわけじゃない。むしろ守られているのだと、頭では分かっている。でも、胸の奥が少しだけ、ちくりと痛む。距離がある。高い壁ではないけれど、確かに一歩、引かれている感じがする。エレナはその距離が、少しだけ寂しかった。

放課後、校庭の端で剣を片付けながら、エレナは小さく息を吐く。「私、四歳だもんね」そう言い聞かせるようにつぶやく。でも、続けて心の中で反論してしまう。「でも、二年生だよ」その二つの言葉が、胸の中で行ったり来たりして、落ち着かない。

エレナは、兄姉が嫌いなわけじゃない。むしろ大好きだ。だからこそ、追いつきたい。隣に立ちたい。同じ場所で、同じように剣を振って、魔術を使って、笑いたい。その想いは、誕生日のごちそうよりも、ずっと長く、深く、エレナの中に残り続けていた。


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