ミリィ編 第二十八章 ミリィとルーメン⑧ ミリィのお願い
そして、俺の服の裾を、ぎゅっと掴む。
「……ルーメン先生」
顔を上げたミリィの目は、涙でいっぱいだった。
「これじゃあ……大好きなルーメン先生の傷、治せません。ミリィ、ちゃんと頑張ってるのに……」
言葉が、感情に追いつかなくなっていく。
「だから……お願いです」
ミリィは、ほとんど縋るように、俺の腕にしがみついた。
「裏技の、あれを……もう一度だけ、ミリィにしてください」
声は、震えながらも必死だった。
「ルーメン先生の魔力を……ミリィに流してください。もう一度……ミリィと一つに……」
その言葉に、胸が強く締めつけられる。
エアリスが、すぐに前へ出た。
「ミリィ、待って。それは……今はやっちゃだめ」
エアリスの声は、いつもより少し強かった。
「ルーメン、困ってるでしょ。ミリィ、今日はもう十分だよ」
「キュアヒーリングだって、ちゃんとできるようになったんだから」
エアリスは、ミリィの肩に手を置く。
「今日は、ここまでにしよう?」
けれど、ミリィは首を振った。
「いや……」
涙を流しながら、それでも離れない。
「だめ……ルーメン先生……お願い……ミリィ、もっと頑張れるの……ルーメン先生が、教えてくれるなら……」
同じ言葉を、何度も、何度も繰り返す。
俺は、どう答えればいいのか分からず、ただ立ち尽くしていた。
エアリスの手が、俺の袖に触れる。
「……ルーメン」
その小さな声には、止めたい気持ちと、どうにもならない焦りが、混じっていた。
ミリィは泣き止まず、俺から離れない。
その姿を見つめながら、俺の中で、はっきりとした思いが形を成し始めていた。
そうなんだ。胸の奥で、はっきりと答えが形を持った。
これは、ミリィの弱さだけが原因じゃない。俺が、やってしまったことの結果だ。水魔術上位、ウォータースライスを教えた、あの日。
できるはずがないと分かっていながら、必死に食らいつくミリィを前にして、俺は、体内に、魔力を流し込んだ。魔力の流れを、発動の感覚を、直接“覚えさせる”ために。
本来、やってはいけないことだと、分かっていたのに。
結果として、ミリィは上位魔術を習得した。
でも、代わりに、境界を壊してしまった。
水を介して、想いが溢れ出すほど、深く、強く。ミリィは、もう“一人で頑張る”状態じゃない。
俺の魔力に、引き寄せられている。それを放置するのは、逃げだ。
ミリィの涙が、俺の袖を濡らしている。
エアリスの視線が、何も言わずに、俺を見つめている。
決めた。俺が始めたことなら、俺が終わらせる。ミリィを、“いつものミリィ”に戻す。
三人で、同じ場所に立てるように。それが、俺の責務だ。
俺は、ゆっくりとミリィの肩に手を置いた。
「……ミリィ」
声は、自然と低くなっていた。
「泣き止んでくれ」
ミリィが、びくっと震えて顔を上げる。
「ブライトヒーリングを、使えるように……ちゃんと、向き合って、やり直そう」
ミリィの瞳が、大きく揺れた。
その奥に、期待と不安が、入り混じっている。
俺は、その両方を受け止める覚悟を決めた。
ミリィは、しばらく何も言わなかった。泣き腫らした目で、俺の顔を見上げている。その視線は、縋るようで、でもどこか怯えてもいて。
当然だ。さっきまで、「一つになりたい」と泣きながら繰り返していた相手が、急に静かな声で「やり直そう」と言い出したのだから。
沈黙の中、丘を渡る風が、草を揺らした。
エアリスは、一歩だけ距離を取って、それ以上近づいてこない。
止める準備を、いつでもできる位置。信頼と警戒が、同時にそこにある。
ミリィが、小さく息を吸った。
「……ほんとに、嫌いにならない?」
胸が、きゅっと締めつけられる。
「ならないよ。ミリィは、俺の大事な友達だ」
その言葉に、ミリィの肩から少しだけ力が抜けた。
「……じゃあ」
ミリィは、おそるおそる手を差し出してくる。
指先が、わずかに震えている。
俺は、その手を見つめながら、心の中で、もう一度だけ確認した。
これは教えるためじゃない。繋ぐためでもない。“戻す”ためだ。
ゆっくりと、ミリィの手に、自分の手を重ねる。触れた瞬間、伝わってくる。暴走して、荒れて、絡まり合って、行き場を失った魔力の流れ。
それでも、奥にはいつもの、頑張り屋で、少し人見知りなミリィが、ちゃんといる。いつものミリィに戻してあげないと。
大丈夫だ。俺は、ミリィの目を見て、静かに言った。
「……ミリィ」
そして、囁くように、その言葉を口にした。
「ハーモニック・リコンストラクション」




