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エアリス編 第一章④ 家族と世界の掟

 その年の冬、雪が静かに世界を覆い尽くす中、妹のエレナが誕生した。

 産声を聞いた瞬間、俺はこらえきれずに涙を流した。

 それは、新しく生まれた妹への祝福であると同時に、前世の娘への、届くはずのない謝罪でもあった。

(ごめん。あんな終わり方を選んで、ごめん……)

 揺りかごの中で眠る、シワシワの赤い顔をしたエレナ。

 彼女の掌に触れた時、前世の娘が赤ん坊だった頃の記憶が、鮮明な光景となって脳裏に蘇った。

 ミルクの匂い、柔らかな産毛、小さな命の重み。

「ルーメン、エレナをよろしくね」

 母の言葉に、俺は誓った。

 このルシアークという世界で、俺が俺として生きる意味を。

 梅の花から授かった《光花輪廻》という力が、何を調律し、何を再構成するためのものなのか。

 まだ答えは見えない。けれど、目の前のこの小さな命を、この温かな食卓を、何があっても守り抜くこと。それが、俺の新しい人生の指標となった。

 外は吹雪いているが、屋敷の中には暖炉の火が爆ぜる音と、緋色の髪をなびかせてセリナ姉がはしゃぐ声が満ちている。


 ルゼリアの丘を吹き抜ける風が、少しずつ鋭さを帯び、冬の足音を運び始めた。

 俺、ルーメン・プラム・ブロッサムが五歳という、この世界の子供にとっての大きな節目を迎える数ヶ月前。父ランダルによる剣術の稽古は、これまでの「遊び」の領域を完全に踏み越え、一人の武芸者を育てるための峻厳な「修行」へと変貌を遂げていた。

 「腰を落とせ、ルーメン! 剣の重みに振り回されるな、お前が剣を支配するんだ!」

 父の怒声が、静かな庭に響き渡る。

 俺の目の前には、五歳の体格に合わせて作られたとはいえ、ずっしりと重い樫の木の模擬剣があった。掌は、毎日の素振りでできたマメが潰れ、そこがさらに硬くなって皮膚の層を作っている。

 前世での俺は、外の世界でただ耐えることしか知らなかった。理不尽な悪意に震え、謝罪のために頭を下げ続けるだけの、意思を削り取られた日々。

 けれど今、俺の右手にあるのは、不格好ながらも何かを掴み取ろうとする、確かな「力」の萌芽だった。

 (……重い。肺が焼けるようだ。でも、あの冷たい現実の中で感じた、魂が磨り潰されるような痛みとは違う)

 俺は泥にまみれた膝を突きながら、必死に呼吸を整えた。

 父が教える剣術は、実戦に基づいた冷徹なまでの機能美に満ちていた。

 「厳流型げんりゅうがた」……一対一の死闘において、相手の呼吸を読み、一撃で急所を貫くための精密な術理。

 「陣越型じんえつがた」……多人数との混戦において、空間を支配し、退路を確保しながら敵を各個撃破するための戦術。

 「背散型はいさんがた」……一人対多数、逃げ切和の戦闘において、相手の死角に入りながら敵から逃げる戦術。闇討ちにも使う戦術。

 五歳の俺にはまだ早すぎる高度な技術も、父は惜しみなく俺に見せてくれた。

 「ルーメン、剣は腕で振るものではない。この大地から吸い上げた力を、背骨を通し、指先の末端まで伝えるんだ。お前の身体は、ただの『道』になればいい」

 父が振るう大剣が、空気を爆ぜさせる。その風圧だけで俺の身体が数メートルも押し戻された。

 この圧倒的な、暴力的なまでの強さ。けれど、その根底にあるのは、いつか俺が一人で荒野を歩むことになった時に、自分を守り抜けるようにという、不器用なまでの父性愛だった。

 「……もう一度、お願いします」

 俺は震える足で立ち上がり、再び木剣を構えた。

 横では、七歳になったセリナ姉が、緋色の髪を激しくなびかせながら、俺よりも遥かに鋭い剣筋で空を切り裂いている。

 「負けないよ、ルーメン! 私が一番に父さんの背中に追いつくんだから!」

 太陽のように笑う姉。彼女の放つ眩しいエネルギーに当てられながら、俺は一歩一歩、泥臭く研鑽を積み上げていった。


最後まで読んで頂きありがとうございます


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