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ミリィ編 第二十八章 ミリィとルーメン④ 3人での約束

休み時間の鐘が鳴ると同時に、ミリィは、ほとんど駆けるようにこちらへやってきた。

「ルーメン!」

その声は、朝と同じく明るい。けれど、どこか昨日よりも距離が近い。

「さっき言いかけた話なんだけどね」

周囲をちらりと確認してから、ミリィは声を落とした。


「昨日……ちょっと、寂しくて」

その一言で、胸の奥がざわつく。

「家にね、誰もいなかったの」

さらりと、何でもないことのように言う。だが、その言葉の裏にある静けさが、やけに重い。

「だから、桶に水を張ったの」

……やっぱり、来た。

「水を張って、じっと見てたらね」

ミリィは、少し照れたように笑う。

「ルーメンの、優しい笑顔が出てきたの」

その言い方が、“見えた”ではなく、“出てきた”なのが、妙に生々しい。

「家は静かだし、誰もいないし」

「だから、そのまま……ずっと、お話してたの」

何を話したのか、聞かなくても、分かってしまう気がした。


「ルーメンは、いつも何してるのかな、とか。どうやって魔術がそんなにできるようになったのかな、とか」

一つひとつは、他愛のない質問だ。

友達なら、誰だってする。

「それから……」

ミリィは、少しだけ視線を伏せた。

「どんな女の子が好きなのかな、とか。大人になったら、どうするのかな、とか」

喉が、ひくりと鳴る。

「成人したら、いつ結婚したいのかな、とか……」

そこまで言って、ミリィは顔を上げた。

「ルーメンはね、ずっと笑顔のままだったよ」

答えなかった、とは言わなかった。“笑顔のままだった”。


「でもね」

ミリィは、少しだけ胸に手を当てた。

「私、幸せだった」

その言葉が、静かに落ちる。

「ルーメンと、どうなりたいか、とか。

一緒にいたら、どんな毎日になるのか、とか」

「……色々、答えちゃった」

胸の奥に、冷たいものが広がった。

(……これは)

友達同士の、秘密の話じゃない。誰かに聞いてほしかった言葉を、“返ってこないと分かっている相手”に、注ぎ込んでいる。

ミリィは、こちらを見て微笑んだ。

「ね、変かな?」

変かどうかなんて、そんな問題じゃない。

(……やっぱり、ホラーだ)

そう思ってしまった自分を、心の中で、強く責めた。


でも同時に、桶の水に向かって話し続けた、その小さな背中を想像してしまう。

誰もいない家。返事のない水面。それでも話し続ける声。

胸の奥に、責任という言葉が、重く沈んだ。


ミリィの笑顔を前にして、俺は、すぐに言葉を返すことができなかった。

頭の中では、彼女の話した光景が、何度も繰り返されている。

桶に張られた水。静まり返った家。揺れない水面に向かって、一人で言葉を投げ続ける少女。返事がないと、分かっている相手に。

(……俺のせいだ)

はっきりと、そう思った。

水魔術上位の練習の時。頼み込まれて、断りきれずに、本来はしてはいけないことをしてしまった。

体内に、俺の魔力を流し込み、ミリィの魔力に、直接触れた。


あの時は、ただ「教えたい」「助けたい」という気持ちしかなかった。結果が、ここまで及ぶなんて、考えもしなかった。

(境界線を、越えた)

それが一番近い言葉だった。

友達として。先生として。それ以上でも、それ以下でもない距離。

守るべき線を、俺自身の判断で、踏み越えてしまった。

ミリィの気持ちが、本心なのか、それとも魔力の影響で、歪められているのか。正直、今は、判断がつかない。


ただ一つ分かるのは、このまま放っておけば、ミリィはどんどん、水の向こう側へ行ってしまう。返ってこない声に、自分の想いを注ぎ続ける場所へ。

(それだけは、絶対に駄目だ)

ミリィも。エアリスも。そして俺自身も。三人で、友達として、同じ場所に立っていたはずなんだ。誰か一人だけが、深みに沈んでいく形は、望んでいない。

「……ミリィ」

ようやく、声を出す。

「ミリィは寂しかったんだよね」

否定しない。責めない。でも、肯定もしすぎない。

ミリィは、少しだけ目を見開いて、それから、こくりと頷いた。

「うん」

その一言が、胸に刺さった。

(だからこそ、ちゃんと線を引かなきゃいけない)

優しさだけじゃ、足りない。逃げても、駄目だ。俺は、深く息を吸ってから、次に続く言葉を選び始めていた。


俺は、ほんの少しだけ間を置いてから、慎重に言葉を選んだ。

「……あのさ、ミリィ。今日のことなんだけど」

ミリィは、期待を隠さない表情で、俺を見上げてくる。その視線が痛い。

「エアリスも、一緒でいいかな」

その瞬間だった。

ミリィの顔から、さっと、熱が引いたように見えた。ほんの一瞬。でも、確かに。

「……エアリス」

名前を口にする声が、わずかに揺れる。

「そうね」

ミリィは、無理に笑おうとした。けれど、笑顔はどこか硬い。

「エアリスは……私とルーメンを引き合わせてくれた人だもの」

自分に言い聞かせるように、言葉を続ける。

「だから、仕方ないわね。いいよ」

「ありがとう」

そう返しながら、俺は胸の奥で、ほっと息を吐いた。


だが、ミリィは、すぐに言葉を足した。

「でも、今度は、また二人で、お話したいな」

声は柔らかい。お願いするような響き。拒絶ではない。けれど、譲り切ってもいない。

(……揺れてる)

ミリィ自身も、どこまで踏み込んでいいのか、分からなくなっている。

「うん……考えとくよ」

即答はできなかった。だから、曖昧な答えになる。


「でもさ、ミリィと、エアリスと、僕は……みんな友達だろ?みんな仲良くしたいんだ」

その言葉に、ミリィは少しだけ、目を伏せる。

「……そうね」

短く、そう答えたあと、小さく付け加えた。

「仲良くしたい」

そして、間を置いて。

「特に……ルーメンと」

その言い方に、胸の奥がざわつく。

強く拒めば、傷つける。受け入れすぎれば、線が崩れる。俺は、まだ、正しい距離を掴めずにいた。

そのまま、教室に入ると、いつもの賑やかな声が耳に入ってくる。日常は、変わらないふりをしている。けれど、俺たち三人の間にだけ、目に見えない緊張が、確かに生まれていた。


休憩時間の鐘が鳴ると同時に、予想していた通り、ミリィはすぐにこちらへ向かってきた。

けれど、今日は、違った。

エアリスが、ほんの少しだけ早く席を立ち、自然な流れで俺の隣に来てくれた。

「ルーメン、さっきの続き、少しだけ話そう」

それだけの一言。けれど、その存在が、空気を変えた。

「……あ」

ミリィは、こちらに来かけて、一瞬だけ足を止める。視線が、俺とエアリスを行き来する。

「エアリスも、いるんだね」

「うん」

エアリスは、にこっと笑って頷いた。

「一緒にお話ししよ。ね、ミリィ」

その言葉に、ミリィは一拍遅れて、笑顔を作った。

「……そうだね」


三人で机を囲む。それだけで、空気はずいぶん穏やかになった。

授業のこと。次の行事のこと。エアリスが話題を振り、ミリィがそれに応える。俺は、その間で、相槌を打つ。

表面だけ見れば、何も問題のない、友達同士の休憩時間だった。けれど。

(……違う)

ミリィの視線は、話の合間合間で、必ず俺のところへ戻ってくる。

エアリスが話していても、俺が反応する瞬間を、逃さない。

「ルーメンは、どう思う?」

「ルーメンなら、どうする?」

自然な問いかけ。でも、その頻度が、少しだけ多い。

エアリスも、それに気づいていたのだろう。言葉を挟まず、ただ、静かに空気を整えるように振る舞っていた。

(……助けられてるな)

ミリィの声は、明るい。態度も、穏やかだ。けれど、その奥にある“寄りかかりたい何か”が、完全には消えていない。


休憩時間が終わりに近づくと、ミリィは名残惜しそうに立ち上がった。

「じゃあ……またあとでね」

「うん」

エアリスが手を振る。俺も、同じように返す。ミリィが去ったあと、教室のざわめきが戻ってきた。

「……ね、ルーメン」

小さな声で、エアリスが言った。

「今は、これでいいと思うよ」

俺は、黙って頷いた。落ち着いてはいる。でも、終わってはいない。そう、はっきり分かる時間だった。


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