ミリィ編 第二十七章 エアリスとルーメン⑤ エアリスの見解
エアリスは大木に背中を預けたまま、空を見上げていた。さっきまでの真剣な表情が、少しだけ和らいでいる。
「……ルーメン」
静かな声だった。
「一つだけ、はっきりしてることがあると思う」
俺は、エアリスの方を見る。
「ミリィは、今、普通じゃない。でも、それは“おかしくなった”って意味じゃないと思う」
その言葉は、慎重に選ばれていた。
「たぶん、ルーメンの魔力に触れたことで、ミリィの気持ちが、増幅されて表に出やすくなってる」
増幅、という言葉が胸に残る。
「好きって気持ちがなかった人が、突然好きになるわけじゃないと思う。でも、元々あったものが、自分でも抑えられないくらい、前に出てきてる」
俺は、何も言えずに頷いた。
確かに、ミリィの言葉や態度には、“作られた感じ”はなかった。むしろ、素直すぎるほどだった。
「だからね」
エアリスは、こちらを見て微笑んだ。
「今すぐ答えを出そうとしなくていいと思う」
その言葉に、胸の奥が少し軽くなる。
「ルーメンがどう思ってるかも大事だし、ミリィの気持ちが、時間と一緒にどう変わるかも見ないといけない」
風が、二人の間を通り抜ける。
「一つだけ、約束してほしいな」
「……なに?」
「一人で全部背負おうとしないこと」
エアリスは、そう言ってから、少し照れたように視線を逸らした。
「私でよければ、ちゃんと話、聞くから」
その一言で、
俺がずっと感じていた“見張られているような感覚”が、
ほんの少しだけ薄れた気がした。
「ありがとう、エアリス」
それだけ言うと、エアリスは小さく頷いた。
丘を降りる頃には、空の色が少しだけ傾いていた。夕方特有の、柔らかい光が道を照らしている。
「そろそろ帰ろうか」
エアリスがそう言い、俺たちは並んで歩き出した。さっきまでの重たい話題が嘘のように、足取りは静かだった。
けれど。川沿いの道に差しかかった瞬間、胸の奥が、わずかにざわついた。
(……まただ)
耳ではなく、頭の奥、もっと内側から、“何か”が触れてくる感覚。声ではない。はっきりした言葉でもない。
ただ、水の気配と一緒に、感情だけが流れ込んでくる。
――会いたい。
――今、何してるのかな。
――今日も、優しい顔してるのかな。
輪郭の曖昧な想いが、川の流れに重なって、胸に広がる。
俺は思わず足を止めた。
「ルーメン?」
エアリスが振り返る。
「……いや、大丈夫」
そう答えたものの、胸のざわつきは消えなかった。
(終わってない……)
昨日より弱い。でも、確実に“続いている”。
エアリスは、何も聞かずに歩調を合わせてくれた。それが、逆にありがたかった。
家が近づくにつれ、ざわめきは、少しずつ遠のいていく。
水から離れると、気配も薄れる――その事実が、余計に状況をはっきりさせていた。
「明日も……様子、見よう」
俺がそう言うと、エアリスは静かに頷いた。
「うん。無理はしないで」
別れ道で手を振り、それぞれの家へ向かう。
夜、布団に入っても、すぐには眠れなかった。
水差しに入った水を見つめる。揺れる水面に、何かが映ることはない。
――それでも。
胸の奥に残る、淡く、切実な感情の余韻。
(ミリィ……)
名前を呼ばなくても、想いだけが、静かに伝わってくる。これは、好意なのか。
それとも、流れ込んだ魔力が残した“残響”なのか。
答えは、まだ出ない。
ただ一つ確かなのは、この現象は、自然に消えてくれるものではないということだった。
翌日、俺はもう一度、向き合わなければならない。ミリィと。そして、自分自身と。




