ミリィ編 第二十七章 エアリスとルーメン③ 繋がりの整理
しばらく、二人とも言葉を発さずにいた。丘の上を吹き抜ける風が、草の間を通り抜けて、かすかな音を立てている。
エアリスは、大木の幹に背中を預けたまま、空を見上げていた。
「……ねえ、ルーメン」
その声は、さっきより少し柔らかい。
「ミリィのこと、どう思ってる?」
唐突だけど、避けて通れない問いだった。俺は視線を落とし、足元の草を見つめる。
「嫌いじゃないよ」
正直な言葉を選ぶ。
「友達としては、すごくいい子だと思ってる。一生懸命だし、頑張り屋だし……一緒にいると、素直に楽しい」
そこまで言って、一度区切った。
「でも、それ以上かって聞かれると……今は、そこまでは考えてない」
エアリスは、何も言わずに聞いている。
「それに……この状況だと、余計に分からなくなる。本当の気持ちなのか、あの時のことが原因で、そう感じさせられてるだけなのか」
自分でも、混乱しているのが分かった。
「だから、ちゃんと見極めないといけないと思ってる」
エアリスは、静かに頷いた。
「……うん、それは大事だね」
少し間を置いてから、彼女は続けた。
「感情が強く流れ込んでくる状態で、答えを出すのは、どっちにとっても良くない」
その言葉に、胸の奥が少し軽くなる。
「ありがとう、エアリス」
自然と、そう言っていた。
「ちゃんと、冷静に考えようとしてるのは、ルーメンらしいと思う」
そう言って、エアリスは小さく笑った。でも、その笑顔の奥に、ほんのわずかな緊張が見えた気がした。
「……ただ」
エアリスは、言葉を選ぶように間を置く。
「このまま何もしないでいると、ミリィの気持ちだけが、どんどん積み重なっていく可能性もある」
それは、俺も感じていたことだった。
「声が、少しずつ長くなってきてるんだ」
そう付け加えると、エアリスは眉をひそめた。
「呼ぶだけじゃなくて、感情がはっきりしてきてる、ってことだよね」
「……うん」
肯定するしかなかった。
丘の上の空は、まだ明るいのに、この話題だけが、少しだけ重く感じられる。
エアリスは、深く息を吸ってから言った。
「じゃあ、次に考えるべきなのは、どうやって、この繋がりを整理するか、だね」
その言葉が、次の一歩を示しているように聞こえた。俺は、ゆっくりと頷いた。
「整理する、って言っても……」
俺は言葉を探しながら、丘の下に広がる景色を見下ろした。遠くには川がきらりと光っていて、その水面を見るだけで、無意識に神経が張りつめる。
「正直、どうすればいいのか、まだ分からない」
そう言うと、エアリスは少し考え込むように腕を組んだ。
「まずは状況を整理して、はっきりさせるしかないと思う」
「状況を整理?」
「うん。ルーメンが何をしたのか。それで、ルーメン自身に何が起きているのか」
エアリスの声は落ち着いていて、整理されている。
「今聞いてる限りだと、“声が聞こえる”のは、水の近くだけなんだよね?」
「そうだね」
俺は頷いた。
「コップの水、洗面台、川……水がある場所に近づくと、聞こえてくる」
それははっきりしている事実だった。
「逆に言うと、水がなければ、何も起きない」
「……今のところは」
少し間を置いて、そう付け足した。
エアリスは、その言葉を受け止めるように小さく息を吐く。
「じゃあ、少なくとも常に繋がってるわけじゃないんだね」
「たぶん」
そう答えながらも、胸の奥には小さな不安が残る。“今のところは”。それが、いつまで続くか分からない。
「ルーメン」
エアリスが、こちらをまっすぐ見た。
「ルーメンは、ミリィを傷つけたいわけじゃないよね」
「もちろんだよ。むしろ、その逆だ。困らせたくないし、変な形で期待させたくもない」
「うん、それは伝わってる」
エアリスはそう言って、少しだけ安心したように微笑んだ。
「だからこそ、焦らずに考えよう」
その言葉は、俺の背中をそっと押してくれる。
「今は、声が聞こえること自体が、ミリィの気持ちを増幅させてる可能性もある」
「……たしかに」
俺は思い返す。最初は、ただ名前を呼ばれるだけだった。それが、少しずつ、感情を含むようになってきている。
「もし、それが原因なら、“繋がりそのもの”をどうにかする必要がある」
エアリスは、そこまで言って一度言葉を切った。
「ただ、無理に断ち切るのも、危険かもしれない」
静かな声だったが、重みがあった。
「下手に触ったら、ミリィの心や魔力に、もっと歪みが出るかもしれない」
その可能性を聞いて、背筋が冷える。
「……だから」
エアリスは、少しだけ視線を伏せる。
「ちゃんと、順序を踏まないといけない」
丘の上に、また風が吹き抜けた。俺は、強く拳を握りしめた。逃げずに向き合わないと。そう、はっきり思った。




