ミリィ編 第二十七章 エアリスとルーメン② エアリスの受け止め
大木に背中を預けたまま、しばらく言葉が出なかった。風に揺れる葉の音だけが、やけに大きく聞こえる。
「……学校に着いてからの話なんだけど」
俺は、視線を地面に落としたまま、ゆっくりと言葉を選んだ。
「席に着いたら、すぐミリィが来たんだ。それで……“やっと本物に会えた”って、そう言われた」
エアリスが、少しだけ眉をひそめる。
続きを促すように、何も言わずに待っている。
「理由を聞いたらさ……昨日から、コップの水とか、洗面の水とかに、俺の顔が映るようになったって」
思い返すだけで、背中がむず痒くなる。
「それが嬉しくて、ずっと俺のことを考えてたって。“おはよう”って言えたのが嬉しかったってさ」
俺は、苦笑いにもならない表情で続けた。
「普通なら、怖がるか、不思議がると思う」
でも、ミリィは違った。
「まるで、“繋がってる証拠”を見つけたみたいな顔だった」
エアリスは、少し視線を伏せて考える。
「……それは、確かに普通じゃないね」俺は、頷いた。
「だから思ったんだ」
声を低くして、続ける。
「これは、感情の問題以前に、魔力そのものが異常な状態になってる」
「それは本人の意思かもしれないし、副作用かもしれないし。でも、どちらにしても放っておいて良い状態じゃない。」
「それで、今日も遊ぼうって……そう言って、先生が来る前に戻っていった」
そこまで話して、ようやくエアリスの方を見る。
「……声だけじゃなかった。水を通して聞こえてた気配と、実際の言葉が、完全に同じだった」
胸の奥が、重くなる。
「あれは……勘違いとか、思い込みじゃない。はっきり、繋がってるって分かった瞬間だった」
エアリスは、すぐには答えなかった。ただ、風に揺れる草を見つめながら、静かに聞いている。
「その時、思ったんだ。これは、もう“変な現象が起きてる”で済ませちゃいけないって」
声が、少し低くなる。
「放っておいたら、もっとはっきりもっと強くなる。 ……そんな気がしてさ」
言い終えたあと、胸の奥に溜まっていたものを、ようやく吐き出せた気がした。
話し終えたあと、しばらく沈黙が落ちた。丘の上を吹き抜ける風が、草の匂いを運んでくる。
エアリスは、大木の幹に手をついたまま、少し考え込むように視線を遠くへ向けていた。その横顔は、普段よりずっと大人びて見える。
「……なるほどね」
ようやく、静かな声が返ってくる。
「ルーメンが変だって思うの、無理もないよ」
責めるでも、驚くでもない。ただ事実を受け止めたような声音だった。
「水を通して、声が聞こえる。しかも、同じ内容が、現実の言葉としても出てくる……」
エアリスは、指先で幹のざらつきをなぞりながら続ける。
「偶然とか、気のせいって言える段階は、もう越えてるね」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなった。理解してもらえた、という感覚。
「……やっぱり、そう思う?」
俺がそう聞くと、エアリスは小さく頷いた。
「うん。しかも、その“繋がり”が、ミリィの気持ちと一緒に伝わってきてるなら……」
言葉を切り、少しだけ間を置く。
「それは、かなりやっかい」
エアリスの表情が、ほんのわずかに曇った。
「ミリィがどう思ってるか、それ自体が問題なんじゃない。問題なのは、それが“そのまま届いてきてしまう”ってこと」
俺は、無意識に拳を握りしめていた。
「……俺も、同じこと考えてた」
視線を落としながら、正直に言う。
「ミリィに悪い印象はない。友達として、大切だとも思ってる」
でも、と続けようとして、言葉が詰まる。エアリスは、何も言わずに待ってくれていた。
「だからこそ……これが、本人の気持ちなのか、それとも、俺が余計なことをしたせいで起きてるものなのか……」
風が、少し強く吹いた。葉擦れの音が、心臓の鼓動と重なる。
「そこを、ちゃんと見極めないといけないと思ってる」
言い切ると、胸の奥に覚悟のようなものが残った。
エアリスは、ゆっくりと息を吐いたあと、こちらを見る。
「……うん。その考え方、間違ってないと思うよ、ルーメン」
その声は、優しく、でも真剣だった。
「だから、エアリスに相談したかった」
顔を上げて、まっすぐ見る。
「一人で抱えるには、ちょっと重すぎる」
エアリスは、少し驚いたように目を瞬かせてから、微笑んだ。
「……そう言ってくれて、ありがとう」
その笑顔は、安心させるようでいて、どこか覚悟を含んでいた。
「じゃあ、一緒に考えよう」
そう言って、エアリスは大木から背を離した。
「どうすれば、この状況を壊さずに、ちゃんと向き合えるか」
丘の上で、二人だけの時間が、静かに続いていく。




