ミリィ編 第二十六章 魔力コネクト③ 帰り道、おかえり
教室を出ると、廊下の窓から差し込む夕方の光が、床に長い影を落としている。その影の先、窓の外に見える水路が、きらりと反射した。
――ルーメン。
――外、明るいね。
声は、穏やかだった。まるで、同じ景色を見ているかのように。
(……違うだろ)
俺は歩きながら、強く拳を握る。これは偶然じゃない。昨日の、あの行為、ミリィの魔力に、深く触れてしまったこと。
その結果として、“繋がってはいけない部分”まで、繋げてしまった。
――ねえ、ルーメン。
――今日、話せる?
返事は、できない。声に出しても、心の中でも。
それでも、声は止まらない。むしろ、俺が黙るほど、ミリィの想いは、形を持って、長く、はっきりしていく。
校舎の外に出ると、エアリスが待っていた。夕風が、制服の裾を揺らす。
「……行こっか」
「ああ」
二人で歩き出した、その瞬間。
――ルーメン。
声は、これまでで一番近かった。距離の問題じゃない。深さの問題だ。俺は、はっきりと理解した。
このまま放っておけば、この現象は、静かに、確実に、“当たり前”になってしまう。
それだけは、絶対に避けなければならない。だからこそ。
明日、エアリスに話す。隠さない。誤魔化さない。
夕暮れの道を歩きながら、俺は覚悟を固めていた。
家までの道は、いつもと同じはずだった。土の匂い、夕餉の支度が始まる家々の気配、遠くで鳴く鳥の声。けれど今日は、どれもが少し遠く感じる。
理由ははっきりしていた。水路。水溜まり。家の前に置かれた桶。そこに、必ず“気配”がある。
――ルーメン、もうすぐ家?
声は、昨日よりも長い。問いかける形を取り、まるで返事を待っているかのようだった。
(……返せないって、分かってるだろ)
分かっていない。だからこそ、声は伸びていく。
俺が何も返さない分だけ、ミリィの想いが、補うように溢れてくる。
――今日ね、授業のときも、ずっと考えてた。
――ルーメン、今なにしてるのかなって。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。これは好意だ。疑いようもない。
けれど、それが“自然な距離”で育ったものかと問われれば、俺は、首を横に振るしかない。
(……これは、俺のせいだ)
あの日、ミリィの背後に立ち、魔力に深く触れた瞬間。
助けるためだった。間違いなく、善意だった。それでも、触れてはいけない領域まで、踏み込んでしまった。
――ルーメン。
声が、静かになる。嬉しそうでも、焦ってもいない。ただ、そこに“ある”。まるで、水がそこに存在するのと同じように。
(まずいな……)
この現象は、爆発的ではない。急激でもない。だからこそ厄介だ。少しずつ、気づかないうちに、日常に溶け込んでいく。
家の門が見えてきた。その前に置かれた水桶の表面が、夕焼けを映している。
――おかえり、ルーメン。
声は、あまりにも自然だった。まるで、昔からそこにいたかのように。
俺は、はっきりと理解する。このままでは、ミリィは“俺を探す”ようになる。水を見るたびに。魔力を巡らせるたびに。
そして、俺自身も、その声に慣れてしまう。それだけは、絶対に許してはいけない。
俺は、門の前で立ち止まった。深く、息を吸う。大丈夫。自分に言い聞かせる。まだ、引き返せる。この現象が、想いなのか、それとも歪みなのか。答えを出すためにも、明日、必ず話す。
エアリスに。そして、必要なら……ミリィにも。
そう、心に決めて、俺は家の中へ足を踏み入れた。




