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ミリィ編 第二十六章 魔力コネクト① ミリィの声

第二十六章 魔力コネクト


最初に異変を感じたのは、夕食の途中だった。

母さんが用意してくれた温かい料理を囲み、いつも通りの時間が流れていた。父さんが仕事の話をして、セリナ姉が相槌を打ち、エレナが無邪気に笑う。何も変わらない、当たり前の食卓。その中で、喉の渇きを覚え、俺は手元のコップを取った。


水を一口、口に含んだ瞬間だった。

 ――ルーメン。

はっきりとした声だった。錯覚ではない。耳元ではなく、もっと内側。水を通して、頭の奥に直接響くような声。

思わず、コップを置き、周囲を見渡す。


「どうしたの、ルーメン?」

母さんの声に、俺は肩を跳ねさせた。

「……いや、なんでもない」

そう答えたものの、心臓の鼓動は早まったままだった。

もう一度、水を見る。透明な水面は、揺れもなく、いつも通りそこにある。

気のせいだ。そう思おうとした。


だが、もう一度コップを手に取り、唇を近づけた、その瞬間。

 ――ルーメン。

今度は、ほんの少し、感情が混じっていた。呼ばれている、というより、思われている感覚に近い。

俺は思わず、息を止めた。


家族には聞こえていない。

エレナは料理に夢中で、セリナ姉も気づいた様子はない。

 ……ミリィ?

その名前が、自然と浮かぶ。

昨日のことが、脳裏をよぎった。


川辺での練習。無理だと分かっていながら、俺が踏み込んだ行為。彼女の魔力に、直接触れた感触。

(まさか……)

否定したかった。だが、胸の奥に、小さな確信が芽生えてしまう。

食後、片付けを手伝いながら、俺は何度も水に触れた。


流しで手を洗う。桶に張った水が、わずかに揺れる。

 ――ルーメン。

声は、消えなかった。強くもならず、弱くもならず、ただ静かに、何度も。

呼びかけではない。会話でもない。存在を向けられている、そんな感覚。

胸の奥が、ざわついた。これは異常だ。俺は、はっきりそう思った。

そして同時に、原因にも、心当たりがあった。


夜、寝床に入っても、耳の奥に残る気配は消えなかった。水音が遠くで聞こえるたびに、意識がそちらへ引っ張られる。

 ――ルーメン。

そこに込められている感情は、はっきりしている。

嬉しさ。安心。それと……少しの、熱。

(……まずいな)

天井を見つめながら、俺はゆっくりと息を吐いた。これは偶然じゃない。昨日の行為の結果だ。

だとすれば、放っておいていいはずが、ない。


翌朝、目を覚ました瞬間、最初に感じたのは喉の渇きだった。それだけなら、いつも通りだ。

だが、枕元に置いた水差しに手を伸ばそうとした、その刹那――

 ――ルーメン……おはよう。

昨日より、はっきりしている。声に、言葉としての形が生まれていた。


俺は、反射的に上半身を起こした。部屋には誰もいない。カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいるだけだ。

水差しを、そっと覗き込む。水面に映るのは、自分の顔、それだけ。

それなのに、確かに聞こえた。

 ――ちゃんと、起きられた?

心臓が、どくりと大きく鳴った。昨日までは「呼ばれる」だけだった。だが今は違う。これは、問いかけだ。

(……返事、したら駄目だよな)

そう思っている自分と、返してしまいそうになる自分が、同時にいた。


水差しから手を離し、深呼吸をする。すると、声は少しだけ遠のいた。

 ――あ……ごめんね。びっくりさせちゃった?

胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

謝る必要なんてない。なのに、その言葉が自然すぎて、胸に引っかかる。


洗面所へ向かい、顔を洗う。水をすくい、顔にかけた、その瞬間。

 ――ルーメンの朝って、いつもこんな感じなの?

水の冷たさと一緒に、声が流れ込んできた。昨日より、ずっと近い。声は穏やかで、弾んでいて、楽しそうで。まるで、隣で覗き込んでいるかのようだった。

(……これは、まずい)

俺は蛇口を閉め、洗面台から一歩下がった。水音が止むと、声も一瞬、途切れる。


だが、完全には消えなかった。

 ――あのね、ルーメン。

胸の奥が、ざわりと波立つ。

 ――昨日から、ずっと……水を見ると、落ち着くの。

言葉が、ゆっくりと、丁寧に流れてくる。独り言のようでいて、確実に「向けられている」。

 ――ルーメンが、そこにいるみたいで。

思わず、唇を噛んだ。感情が、伝わってくる。嬉しさ。安心。それと……抑えきれない期待。

(……これは、俺が作った状況だ)

逃げるわけには、いかない。

着替えを済ませ、家を出る準備をしている間も、声は続いた。


水差し。湯を沸かす鍋。朝露の残る桶。水があるところに、必ず。

 ――今日も、学校だよね。

 ――早く、会いたいな。

 ――ルーメンって、歩くの速い?

どんどん、話しかける調子になっていく。昨日より、確実に。


兄弟三人で家を出るとき、川の近くを通った。その瞬間、声は一気に濃くなった。

 ――ルーメン。

 ――ルーメン、ここ、気持ちいいよ。

 ――一緒に来たみたいで、嬉しい。

歩調が、ほんの一瞬、乱れる。


(……落ち着け)

これは会話じゃない。返事はできないし、返してはいけない。それでも、声は止まらない。

 ――ルーメン、優しいんだもん。

 ――それに、魔術のとき、すごく真剣で。

 ――ねえ……今日も、遊ぼうね。

感情が、濃く、重なっていく。俺は、無意識に拳を握りしめていた。

学校が見えてきた。

(……直接、会ったら)

その先のことを考えかけて、思考を止める。この現象は、放置すれば悪化する。それだけは、はっきりしていた。


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