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ミリィ編 第二十五章 ミリィの挑戦⑩ ウォータースライス習得

ミリィは、もう一度、大きく息を吸った。

胸が上下するのが、はっきりと分かる。

怖い。でも、やる。その両方が、同時に存在している呼吸だった。

「……」


詠唱に入る前、ミリィは一瞬だけ、自分の足元を見た。水辺に映る自分の姿。揺れる水面。その向こうに、川の流れ。割る。でも、壊さない。切る。でも、奪わない。

そんな感覚を、必死に言葉にしないまま、心の中で整えていく。


「……いきます……」

俺は何も言わず、ただ、頷いた。

ミリィは、両手を前に伸ばし、静かに詠唱を始める。

「偉大なる水の魂よ、ここに集いし水の根源よ……」

声は、まだ少し震えている。だが、魔力は違った。今までのように、拡がろうとしない。

集めて、削って、薄く、鋭く。


「……脅威なる力を、今ここに現したまえ……」

一瞬、魔力が、“止まった”。その静止が、むしろ正しかった。

「……ウォータースライス……!」

――ヒュッ。

音は、先ほどよりも、ずっと静かだった。だが。水が、刃になった。薄く、澄んだ、一直線の水。それは、迷いなく飛び

――ザァァン

川が、ゆっくりと、しかし確実に、割れていく。水が、両側へと押し分けられ、川底が、一瞬、露わになる。

「…………」

ミリィは、呆然と立ち尽くしていた。

水が、元に戻る。音が、消える。風だけが、頬を撫でた。


「……ミリィ……」

俺が声をかけると、ミリィは、ようやく、自分の手を見下ろした。指先が、少し赤い。力が入っていた証拠だ。


「……でき……」

喉が、詰まる。

「……でき……ました……」

その瞬間。

「――やったぁ!!」

ミリィは、思いきり叫んだ。


「できた!できました!!」

その場で、ぴょん、と跳ねる。

足元の小石が跳ね、水しぶきが上がる。


「ルーメン先生!見てました!?今の、見てましたよね!?」

「……ああ」

俺は、はっきりと答えた。

「完璧だ」

その一言に、ミリィの目が、一気に潤む。


「……ほんとに……?」

「嘘ついてどうする」

「……っ……」

ミリィは、唇を噛みしめ、次の瞬間、思いきり、俺に抱きついてきた。


「ありがとうございます!本当に……本当に……!」

「……ちょ、ミリィ……」

俺は、慌てて肩を掴み、そっと引き離す。


「……ほら……あんまり、くっつくな……」

「……あ……」

ミリィは、自分の行動に気づき、一気に顔を赤くした。


「……ご、ごめんなさい……うれしくて……」

「……まあ……気持ちは、分かるけど……」

そう言いながら、俺は、そっとミリィの頭に手を置いた。


「よく頑張ったな」

その一言で、ミリィは、また泣きそうな顔になる。


「……はい……!」

エアリスが、少し離れたところから、笑いながら言った。


「ミリィ、すごかったよ。本当に、きれいな魔術だった」

「……ありがとう……エアリス……」

ミリィは、涙を拭いながら、何度も頷いた。

その姿を見て、俺は思う。

これは、才能だけじゃない。諦めなかった心が、辿り着いた場所だ。


川の流れが、完全に元へ戻るまで、少し時間がかかった。水音が、さっきまでよりも穏やかに聞こえる。

それは、ミリィの心と同じだった。


「……はぁ……」

ミリィは、大きく息を吐き、その場に腰を下ろした。

「……さすがに……ちょっと……疲れました……」

「そうだろうな」

俺は、ミリィの隣にしゃがみ、川を見つめたまま言う。


「上位魔術だ。しかも、短期間で無理をした」

「……でも……」

ミリィは、自分の手を握りしめる。

「……やっぱり……嬉しいです……」

その声は、静かで、噛みしめるようだった。


「最初は……できないって……思ってました……」

「……うん」

「何回やっても……失敗して……恥ずかしくて……悔しくて……」

ミリィは、川面に映る空を見上げる。


「……それでも……やめたくなかったんです」

その言葉に、俺は、少しだけ目を細めた。

「……どうして?」

ミリィは、一瞬だけ黙り、それから、小さく笑った。


「……だって……ルーメン先生が……教えてくれたから……、私……あんまり……自分に自信がなくて……、水魔術は……できる方だって……言われるけど……、それでも……それだけ、って気がして……」

ミリィは、ぎゅっと、膝を抱えた。


「でも……ルーメン先生は……私ができないって言っても……諦めろって……言わなかった……」

「……それは……」

俺は、少し考えてから、静かに答えた。


「ミリィが、諦めてなかったからだ」

「……え……?」

「俺が見てたのは、魔術の出来じゃない」

ミリィの方を、しっかり見て言う。


「挑戦し続けてるか、どうかだ」

その言葉に、ミリィは、目を見開き、それから、ふっと、力の抜けた笑顔を浮かべた。


「……やっぱり……ルーメン先生……ずるいです……」

「……何が?」

「そんなこと……言われたら……頑張ってよかったって……思っちゃうじゃないですか……」

エアリスが、くすっと笑う。


「ミリィ、それ、もう十分、思ってる顔だよ」

「……え……?」

ミリィは、自分の頬に触れ、また赤くなる。

「……あ……」

「はは……」

三人の間に、穏やかな空気が流れた。

その中で、ミリィが、少しだけ、改まった声で言う。


「……ルーメン先生……」

「ん?」

「……私……これからも……魔術、頑張ります……」

「……ああ」

「……だから……その……」

一瞬、言葉に詰まる。


「……また……教えて……もらっても……いいですか……?」

俺は、迷わず頷いた。

「もちろんだ」

その返事に、ミリィは、胸の前で、ぎゅっと拳を握った。

「……はい……!」

今日、ミリィは、上位魔術を覚えた。

でもそれ以上に、自分を信じる一歩を、確かに踏み出していた。


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