ミリィ編 第二十五章 ミリィの挑戦④ ミリィの懇願
その日の川辺は、いつもより静かだった。風も弱く、水面は穏やかで、まるでミリィの心の揺れを映すように、ゆっくりと流れている。
ミリィはしばらく黙ったまま、川を見つめていた。指先が、小さく震えている。
「……ルーメン先生」
その呼び方が、今日は少し重く聞こえた。
「なに?」
ミリィは立ち上がり、こちらを向く。そして、突然、深く頭を下げた。
「お願いです」
その声は、はっきりしていた。
「ウォータースライスを、どうしても習得したいんです」
エアリスが息を呑むのが分かった。
「ミリィ……」
俺が名前を呼ぶより早く、ミリィは続ける。
「できないまま終わりたくないんです。途中で諦めたって思いたくないんです」
顔を上げると、その目には強い意志が宿っていた。
「才能がないって言われる前に、自分で、自分に負けたくない」
その言葉は、まっすぐで、切実だった。
「……無理はするなって、言ったよね」
俺は静かに言う。
「分かってます」
ミリィは即答した。
「でも、無理しないでできるなら、もうできてるはずです」
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
「私、努力することは怖くないんです。怖いのは、何もしないまま諦めることです」
そして、さらに一歩、前に出た。
「もし……」
少しだけ言葉を探してから、はっきりと告げる。
「もし、ルーメン先生にしかできない方法があるなら、それを、教えてください」
「……」
エアリスが、不安そうに俺を見る。
「ルーメン……」
俺は目を閉じ、一度深く息を吐いた。
ある。あるけれど、本来は使うべきじゃない。
「ミリィ」
ゆっくりと目を開けて、伝える。
「一つだけ、方法はある」
ミリィの表情が、一瞬で明るくなる。
「ほんとですか!」
「ただし……」
俺は、はっきりと条件を付けた。
「これは、魔術の基本から外れるやり方だ。人によっては、体にも心にも負担がかかる」
ミリィは、迷わなかった。
「それでもいいです。私は、覚悟してきました」
その言葉に、俺は苦笑する。
「……ほんと、頑固だよね」
「ルーメン先生に似たんです」
「それ、初めて言われた」
エアリスが、小さく笑った。
けれど、すぐに真剣な顔に戻る。
「ルーメン……危ないことじゃないよね?」
「……安全とは、言えない」
正直に答える。
「でも、制限をつければ、問題は起きないはずだ」
俺は、ミリィの前に立った。
「いいか、ミリィ。この方法は、二度か三度だけだ」
「はい」
「魔力の流れを“体で覚えさせる”。頭じゃなく、感覚そのものを刻むやり方だ」
ミリィは、少し驚いたように目を見開いた。
「……体で」
「そう。だから、終わったら、かなり疲れる」
それでも、ミリィは笑った。
「それなら、大丈夫です」
「……どうして?」
俺が聞くと、ミリィは少しだけ恥ずかしそうに言った。
「だって、ルーメン先生が一緒にやってくれるんでしょ?」
その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。
「……分かった」
俺は決心した。
「ただし、約束だ。途中で少しでもおかしいと思ったら、すぐにやめる」
「はい!」
「あと、これは……」
少しだけ間を置く。
「内緒にしておくこと」
ミリィは、こくりと頷いた。
「約束します」
川辺に、静かな緊張が満ちる。
俺は、ミリィの背後に立った。
そして、彼女の手に、そっと自分の手を重ねる。
ここから先は、もう後戻りはできない。




