ミリィ編 第二十五章 ミリィの挑戦③ ミリィの苦戦
それからの日々は、同じ光景の繰り返しだった。
学校が終わると、ミリィは必ず川辺にやってくる。天気のいい日も、曇った日も、少し風が強い日でさえも。
「今日こそは……」
そう呟いてから、詠唱に入るのが、いつの間にかミリィの癖になっていた。
「偉大なる水の魂よ――
ここに集いし水の根源よ――」
詠唱の声は、日に日に安定していく。魔力の集まり方も、以前よりずっと綺麗だった。
「……ウォータースライス!」
水は集まる。円盤状にもなる。
しかし、刃として“切り裂く意思”が宿らない。
ぱしゃり。ばしゃり。そのたびに、水は川へと還っていく。
「……また、だめ」
ミリィは肩を落とす。
エアリスは横で見守りながら、何度も声をかけようとして、結局言葉を飲み込んでいた。下手な励ましが、今のミリィには重いと分かっていたからだ。
「……上位って、こんなに遠いんだね」
ぽつりと零れたその言葉には、弱音と焦りが混じっていた。
「遠いけど、届かない距離じゃない」
俺はそう答える。
「でも……」
ミリィは自分の手を見つめる。
「できない時間が長くなるほど、私、怖くなるの」
「怖い?」
「うん……」
ミリィは、小さく頷いた。
「頑張っても、頑張ってもできなかったら、“才能がない”って言われる気がして……」
その言葉に、胸が少し痛んだ。
ミリィは、人より劣っているわけじゃない。むしろ、水魔術の適性はかなり高い。
それでも、上位魔術は、別の次元にある。
「ミリィ」
俺は、はっきりと伝える。
「才能がないんじゃない。まだ“届くやり方”を知らないだけだ」
ミリィは顔を上げる。
「……届くやり方」
「そう。上位魔術は、魔力だけじゃなくて、“覚悟”みたいなものが必要になることもある」
「覚悟……」
ミリィは少し考え込み、やがて小さく笑った。
「私、覚悟はあると思うんだけどな」
その笑顔は、少し無理をしているようにも見えた。
実際、数日が経つ頃には、ミリィの様子は変わっていった。
詠唱の回数が増え、魔力切れを起こすことも多くなった。
「ミリィ、今日はここまでにしよう」
「……もう一回だけ」
「今日はもう限界だ」
「……」
そのやり取りが、何度も繰り返される。
ある日、ミリィは詠唱を途中で止め、膝に手をついた。
「……はぁ……」
息が荒い。
「ミリィ!」
俺とエアリスが駆け寄る。
「大丈夫……ちょっと、疲れただけ……」
そう言いながらも、立ち上がろうとして、ふらついた。
「もう、今日は終わり!」
エアリスが珍しく強い口調で言った。
「これ以上やったら、倒れるよ!」
「……ごめん」
ミリィは小さく謝り、その場に座り込んだ。
しばらく沈黙が流れる。
川の音だけが、やけに大きく聞こえた。
やがて、ミリィがぽつりと呟く。
「……私ね」
俯いたまま、続ける。
「ルーメン先生に教えてもらってるのに、できないままなのが、すごく……悔しい」
その声は震えていた。
「期待に、応えたいんだ」
俺は、何も言えなかった。
その“期待”が、ミリィ自身を追い詰めていることに、はっきりと気づいてしまったからだ。
そして、このまま同じやり方を続けても、ミリィは壊れてしまう。
俺は、心の奥で決断を始めていた。
本当は、やるべきじゃない方法。でも、ミリィを前に進ませるには、それしかない。
その考えを口に出すかどうか、まだ迷いながら。
川の流れを見つめるミリィの背中は、小さくて、必死だった。




