表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/134

ミリィ編 第二十五章 ミリィの挑戦② ウォータースライスの初挑戦

しばらく休憩を挟み、三人は川辺の石に腰を下ろした。水の流れる音が、さっきまで張りつめていた空気をゆっくりと和らげていく。

ミリィは川を見つめたまま、ぽつりと言った。


「……ルーメン先生」

「ん?」

「中位までは、努力すれば届く場所だって、今日、はっきり分かったよ」

その横顔は、どこか真剣で、少しだけ不安も混じっている。

「でもね……上位は、違う気がする」

俺は何も言わず、続きを待った。


「ウォータースプラッシュは、水を“増やす”感じだった。でも……上位は、水そのものを“変える”気がするの」

エアリスも静かに頷いている。

「……いいところに気づいたね」

俺は立ち上がり、川の少し上流を指差した。


「じゃあ、見せるよ。ミリィ、エアリス、ちゃんと距離を取って」

二人は素直に後ろへ下がる。

その表情には、期待と、ほんの少しの緊張が混じっていた。

「この魔術は、水魔術の上位、ウォータースライス」

俺は一歩前に出る。

足元の感覚を確かめ、魔力を集める。


ウォータースプラッシュの時のように“広く”ではない。

意識は一点。集めた魔力を、極限まで圧縮する。


「偉大なる水の魂よ、ここに集いし水の根源よ、脅威なる力を今ここに現したまえ……ウォータースライス」

次の瞬間。水面が、音もなく“裂けた”。まるで、見えない刃が走ったかのように、川の流れが一瞬だけ左右に押し分けられる。遅れて、水しぶきが高く舞い上がった。

「……っ!」

ミリィとエアリスが、同時に息を呑む。


「かわ……割れた……?」

エアリスが呆然と呟く。

「これでも、かなり抑えてるんだけどね」

俺がそう言うと、二人は揃ってこちらを見る。

「これが……上位……」

ミリィは、しばらく言葉を失っていた。


「ウォータースプラッシュまでは、水を動かす魔術。でもウォータースライスは、水を刃として扱う」

俺は川を指差しながら、ゆっくり説明する。


「だから魔力の流れは、大きく集めて、一点に集中させて、一瞬で解放する」

「長く出すんじゃなくて……一瞬」

「そう。ほんの一瞬に、全てを込める」

ミリィは何度も頷き、必死に言葉を噛みしめている。


「……すごく、怖い魔術だね」

「うん。当たれば、怪我じゃ済まない」

だからこそ、俺は続けた。


「無理にやる必要はない。上位は、時間をかけて身につけるものだから」

ミリィは少し俯いたまま、黙っていただが、その手は、ぎゅっと握りしめられている。

「……それでも」

やがて、顔を上げる。


「それでも、私は、ウォータースライスを使えるようになりたい」

その瞳には、迷いよりも、決意が宿っていた。俺は小さく息を吐き、微笑んだ。

「分かった。じゃあ、挑戦してみようか」

川の音が、少しだけ強く聞こえた気がした。


ミリィは川の前に立ち、深く息を吸った。さっきまでの賑やかな空気は消え、川辺には水音と風の音だけが残っている。

「……やってみます」

その声は小さいが、はっきりしていた。

「焦らなくていい。ウォータースプラッシュとは、まったく別物だからね」

「はい……分かってます」

ミリィは両手を胸の前で組み、目を閉じる。何度も何度も、さっき俺が話した言葉を頭の中で反芻しているのが分かる。

一点集中。一瞬に込める。


「偉大なる水の魂よ、ここに集いし水の根源よ、脅威なる力を今ここに現したまえ……」

詠唱の途中で、ミリィの眉がわずかに寄った。魔力の流れを感じ取ろうとしている証拠だ。

「……ウォータースライス!」

次の瞬間。水面が、ふわりと揺れただけだった。

水は円盤状に集まりかけたが、形を保てず、そのまま崩れて川へと溶け込んでいく。

「……あ」

ミリィは目を見開き、唇を噛んだ。

「今のは……惜しい」

俺はすぐに声をかける。


「水を集めるところまでは、できてた。でも、集中が少し散った」

「……集中……」

ミリィは自分の手を見つめ、ぎゅっと握りしめる。

「もう一回、やってみます」

「いいよ。でも、魔力は無理に押し出さなくていい」

エアリスも少し前に出て、ミリィの様子を見守っている。

「ミリィ、大丈夫だよ。さっきの詠唱、ちゃんとできてたし」

「……うん、ありがとう」

ミリィは再び構える。

今度は、少し長めに間を取った。

水の流れを“感じる”ことに、意識を集中させている。


「偉大なる水の魂よ――」

「ウォータースライス!」

水が、今度ははっきりと円盤状に形を成した。だが、回転が弱い。

水の刃は、川面に触れた瞬間、ぱしゃりと音を立てて砕け散った。

「……っ」

ミリィは悔しそうに肩を落とす。


「できない……」

「できてない、じゃない」

俺は首を振る。

「届いてないだけだ」

ミリィは顔を上げる。

「届いて……ない?」


「上位魔術はね、出すって感覚じゃ足りない」

俺は自分の胸に手を当てる。

「水を、自分の意思で使うって感覚が必要なんだ」

「……使う……」

ミリィは目を伏せ、考え込む。


三回目、四回目。何度も挑戦するが、結果は同じだった。

水は集まる。形もできる。だが、“切る”ところまで至らない。

やがて、ミリィの額にうっすらと汗が滲み始めた。

「……はぁ……はぁ……」

「ミリィ、少し休もう」

俺が声をかけると、ミリィは首を横に振った。


「まだ……いけます」

その声は強がっているが、魔力の消耗は明らかだった。

エアリスが心配そうに言う。

「無理しないで……」

ミリィは、ぎゅっと唇を噛みしめる。


「……できないのが、悔しい」

その一言に、すべてが詰まっていた。

「ルーメン先生が、あんなに簡単に使えるのに……私は、全然……」

拳が震えている。

俺は、その様子を静かに見つめながら思った。ミリィは、もう十分すぎるほど頑張っている。だが、この壁は、努力だけでは越えられない場所にある。そしてミリィ自身も、それを薄々感じ始めている。川の流れは変わらず続いているのに、ミリィの時間だけが、足踏みしているようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ