ミリィ編 第二十五章 ミリィの挑戦① ミリィのウォータースプラッシュ
第二十五章 ミリィの挑戦
川辺に吹く風は、少しだけ湿り気を帯びていた。朝の光を反射する水面がきらきらと揺れていて、遠くでは小鳥の鳴き声が静かに重なっている。ここは、最近すっかり三人の“訓練場”になっていた。
「ねえ、ルーメン」
そう声をかけてきたのはミリィだった。いつものように少し控えめな声なのに、今日はどこか覚悟が混じっている。
「ミリィが、水魔術の中位までできるって、知ってるよね?」
「もちろん知ってるよ」
即答すると、ミリィは小さく息を吸った。胸の前で指を組み、視線を一度だけ川へ落とす。その仕草から、ただの雑談じゃないことはすぐに分かった。
「それでね……相談なんだけど」
言葉を選ぶように、少し間が空く。
「上位まで、できるようになりたいんだよね」
その言葉は、軽くはなかった。
水魔術の上位、それは、今の学校の年齢層では、ほとんどが“まだ早い”と判断される領域だ。
「ね、お願いできる?」
ミリィは真っ直ぐこちらを見た。
その目には、逃げ道を探すような揺らぎはなく、ただひたすら前を向いている。
「水魔術の上位か……」
俺は一瞬だけ言葉を選ぶ。
「僕も上位までしかできないから、ちゃんと教えられるかは分からないけど……やってみるよ」
そう答えた瞬間、ミリィの顔がぱっと明るくなった。
「やった!ありがとう、ルーメン先生!」
「……その先生っていうの、照れくさいからやめてほしいんだけど」
苦笑いでそう言うと、ミリィは首を横に振る。
「嫌だよ」
「だって、ルーメンは私の憧れの先生なんだから。普段は言わないけど、魔術のときは……私だけの先生だもん」
「……」言葉に詰まる。
「ん~……困ったな」
「でしょ?」
ミリィはいたずらっぽく笑う。
「まあ、そんなに呼びたいなら……仕方ないか」
「さすが、ルーメン先生。理解あるよね……、そういうとこ、好き」
「……もう。すぐに調子にのるんだから」
思わず視線を逸らすと、ミリィは満足そうに頷いた。
「分かってますよ、ルーメン先生」
「いや、それ絶対分かってないよね」
そんなやり取りを、少し離れた場所で見ていたエアリスが、くすっと笑った。
「……二人とも、相変わらずだね」
川辺の空気は穏やかで、まだこの先に待つ“挑戦”の重さを、誰も実感していない。
だが、ミリィの胸の内では、すでに静かな火が灯っていた。中位じゃ、終わらせない。そんな決意が、彼女の魔力と同じように、確かにそこにあった。
翌日。朝の空は少し曇っていて、川面に映る光は昨日よりも落ち着いていた。三人はいつもの場所に集まっていた。ミリィは少し早めに来ていたらしく、すでに川を見つめながら深呼吸を繰り返している。
「……おはよう、ミリィ」
声をかけると、びくっと肩を震わせて振り向いた。
「あっ、ルーメン先生、おはようございます」
「だから先生は……」
「今日は魔術の日だから、です」
にこっと笑われて、それ以上は言えなくなる。
エアリスも遅れてやってきて、三人は自然と円を描くように立った。川の流れは穏やかで、練習にはちょうどいい。
「じゃあ、今日はまず確認からいこうか」
俺はそう言って、ミリィの方を見る。
「ミリィ、水魔術の中位、ウォータースプラッシュ。魔力の流れと、発動の感覚、ちゃんと覚えてる?」
「うん。もう、体が覚えてると思う」
その答えに、少しだけ安心する。
「じゃあ、やってみよう」
ミリィは一歩前に出て、足元をしっかりと踏みしめた。視線は川の中央。詠唱に入る前、ほんの一瞬だけ目を閉じる。
「大いなる水の加護よ、今ここに偉大なる力を示したまえ……ウォータースプラッシュ」
次の瞬間。ウォーターボールとは比べ物にならない量の水が、一気に集まり、長さ五メートルほどの水塊となって前方へ放たれた。
ドンッ!水面に叩きつけられ、川の流れが一瞬だけ乱れる。
「……うん、完璧だ」
「よかった……」
ミリィは少しだけ肩の力を抜いた。
「じゃあ次は」
俺は視線をエアリスに向ける。
「エアリス。今日は、ミリィに教えてもらおう」
「えっ、私が?」
エアリスは驚いたように目を瞬かせる。
「うん。やるのと、教えるのは全然違う。ミリィ、自分の理解を深めるためにも、お願いできる?」
ミリィは一瞬戸惑ったあと、ゆっくり頷いた。
「……うん。やってみる」
エアリスの前に立ち、言葉を選びながら説明を始める。
「えっとね……ウォーターボールの時より、魔力を“長く”溜めて、でも一気に押し出す感じ」
「長く……一気に?」
「そう。圧をかける時間が、少し長い感じ」
エアリスは真剣な表情で聞いている。
「難しそうだけど……やってみる」
エアリスは深呼吸し、詠唱を始めた。
「大いなる水の加護よ――」
最初の一発は、少し大きめのウォーターボール、という程度だった。水は飛んだが、勢いが足りない。
「惜しいね」
ミリィはそう言って、少し身振りを交えて説明を続ける。
「魔力を集める時、ここ……お腹の奥を意識して」
「……こう?」
二回目。三回目。少しずつ、水の量と圧が増していく。
「いいよ、その感じ」
四回目。
「大いなる水の加護よ、今ここに偉大なる力を示したまえ……ウォータースプラッシュ!」
今度は、はっきりと“中位”と分かる水塊が飛び出した。
「出た!」
エアリスの声が弾む。
「やったね、エアリス!」
ミリィも嬉しそうに手を叩いた。
その後も何度か繰り返し、エアリスは安定してウォータースプラッシュを発動できるようになった。
「……教えるって、難しいね」
ミリィはそう言って、少し照れたように笑う。
「でも、自分が何をしてるのか、前より分かった気がする」
「それでいい」
俺は頷いた。
「その感覚が、次に繋がる」
川の流れは変わらず穏やかだが、ミリィの中では、確実に一段階、何かが深まっていた。




