ミリィ編 第二十四章 ミリィとエアリスとルーメンと⓻ 魔術練習・ミリィの日常の変化
家に戻ると、ミリィの家はいつも通り静かだった
。広い農地に囲まれた屋敷は、夕方になると人の気配が薄くなる。
雇っている人たちはすでに帰り、畑も納屋も静まり返っていた。
風が作物の葉を揺らす音だけが、規則正しく耳に届く。
ミリィは靴を脱ぎ、いつものように家の中へ入る。
「ただいま……」
返事はないと分かっていても、声に出す。それは習慣だった。
部屋に入ると、窓から夕焼けの光が差し込んでいた。机の上には、朝のままの本と、母が焼いてくれた焼き菓子の残り。今日は食べる気になれず、そのまま残してあった。
ミリィはふと、胸の奥がいつもと違うことに気づいた。寂しさは、ある。でも、それだけじゃない。
「……明日も、ある」
小さく呟く。
それだけで、不思議と肩の力が抜けた。これまでは、家に帰ると「今日が終わる」感覚が強かった。誰とも話さず、同じ景色の中で、次の日を待つだけの時間。
けれど今日は違う。川辺での風の感覚。ファイヤーボールを出した時の、胸の奥が熱くなる感じ。エアリスの笑顔。ルーメンが「大丈夫」と言ってくれた声。それらが、まだ体の中に残っている。ミリィは椅子に腰掛け、両手を膝の上に置いた。
「私……ちゃんと、友達してる」
それは、確認するような言葉だった。人見知りで、声をかけるのも苦手で、輪に入るのも遅れてしまう自分。でも今日は、自分から話して、自分から笑っていた。
「……怖くなかった」
正確に言えば、怖くなかったわけじゃない。でも、その怖さよりも、「一緒にいたい」という気持ちの方が強かった。
ミリィは窓の外を見つめる。畑の向こう、遠くに沈んでいく夕日。
「お父さんとお母さんにも……いつか話そう」
今日のこと。友達ができたこと。魔術を教えてもらっていること。きっと忙しくて、すぐには聞いてもらえないかもしれない。それでも、「話したい」と思えたこと自体が、大きな変化だった。
ベッドに横になり、目を閉じる。明日のことを考える。風魔術。また失敗するかもしれない。でも、笑われることはない。
「……がんばろう」
それは、無理に気合を入れた言葉ではなかった。ただ自然に、「続けたい」と思えたから。翌日が来るのが、楽しみだと思えたから。静かな部屋の中で、ミリィはゆっくりと眠りについた。胸の奥に、確かな安心を抱えながら。
翌日、空はよく晴れていた。朝の光を受けて、川面がきらきらと輝いている。鳥の鳴き声と、水の流れる音が重なり合い、静かで穏やかな時間が流れていた。
少し遅れて、ミリィが小走りでやってくる。
「おはようございます!」
声は少し弾んでいた。
「おはよう、ミリィ」
俺がそう返すと、エアリスも笑顔で手を振る。
「今日は何からやる? 昨日の続き?」
「はい!」
昨日までのミリィなら、きっと遠慮して様子を伺っていたはずだ。けれど今日は、迷いがない。期待と少しの緊張が混じった、前向きな表情だった。
川辺に立ち、俺は簡単に説明する。
「今日は、無理はしないで、昨日覚えた感覚を思い出すところからでいいよ。魔術は、焦ると流れが乱れるから」
「分かりました、ルーメン先生」
「……だから先生はやめて……」
思わず苦笑すると、ミリィは少し慌てて首を振る。
「あっ、ごめんなさい。でも……なんだか、先生って呼びたくなっちゃって」
「じゃあ、みんなの前じゃやめてくれればいいよ」
「はい!」
エアリスがくすっと笑う。
「ルーメン、すっかり板についてるね」
「そんなことないよ」
そう言いながらも、少し照れくさい。
ミリィは深呼吸をして、昨日と同じ場所に立つ。
「火の力よ、我が所に集めたまえ……ファイヤーボール」
小さな火球が、今度は迷いなく生まれた。
「できた……!」
ミリィの顔が、ぱっと明るくなる。
「うん、安定してる。ちゃんと魔力の流れを掴めてるよ」
「ありがとうございます!」
エアリスも拍手をする。
「すごいよ、ミリィ! 昨日よりずっと上手!」
褒められて、ミリィは少し照れたように笑った。
それから三人で、休憩を挟みながら、ゆっくりと時間を過ごした。魔術の話だけでなく、学校のこと、畑のこと、将来のこと。話題は自然と広がっていく。
川の音を聞きながら、並んで座る。
「……ねえ」
ミリィがぽつりと言った。
「私、今まで、学校が終わるとすぐ家に帰ってたんです。誰かと遊ぶこと、あまりなくて」
「そうなんだ」
「でも……今は、帰るのが少しもったいないです」
その言葉に、俺とエアリスは顔を見合わせて、笑った。
「それは、いいことだよ」
「うん。すごくいい」
ミリィは、少しだけ胸を張る。
「これからも……一緒にいても、いいですか?」
その問いは、慎重で、それでも勇気を振り絞ったものだった。
「もちろん」
俺は即答する。
「友達だろ?」
「はい……!」
ミリィは嬉しそうに頷いた。
川辺に吹く風が、三人の間を静かに通り抜けていく。こうして、ミリィの日常は少しずつ変わり始めていた。一人きりだった時間に、仲間が増え、声が増え、笑顔が増えていく。それはまだ小さな変化だったが、確かな一歩だった。
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