ミリィ編 第二十四章 ミリィとエアリスとルーメンと④ 魔術練習・火
翌日、空は高く、雲はゆっくりと流れていた。朝の空気はまだ少し冷たく、深く息を吸うと胸の奥まで澄んでいく。
「川、こっちだよ」
エアリスが先に立って歩く。その後ろを、ミリィが少し早足でついてくる。
「……きれい」
川が見えた瞬間、ミリィは思わず声を漏らした。陽の光を受けて、水面がきらきらと揺れている。浅瀬では、小さな魚が影のように行き交っていた。
「ここ、よく来るの?」
「うん。魔術の練習にはちょうどいいんだ」
俺がそう答えると、ミリィは周囲を見渡す。
「誰もいないですね……」
「だから安心して練習できる」
その言葉に、ミリィはほっとしたように頷いた。
三人で並んで川辺に腰を下ろす。石の感触が、服越しに伝わってくる。
「じゃあ、まずは基本から」
俺は地面に落ちている小枝を拾い、軽く川を指した。
「魔術ってね、ただ詠唱すれば出るものじゃない。魔力が、どこから集まって、どう流れて、どう形になるかを感じることが大事なんだ」
ミリィは真剣な顔で頷く。
「……はい」
「ミリィは水属性だよね。ウォーターボールを出す時、体のどこが熱くなる?」
少し考えてから、ミリィは胸のあたりに手を当てた。
「……この辺が、じんわりする感じがします」
「うん、それで合ってる」
エアリスが感心したように言う。
「私、そこまで考えたことなかった」
「最初はみんなそんなものだよ」
そう言ってから、俺は一歩前に出た。
「じゃあ、まずは見本」
そう言って、無意識に魔力を集めてしまった。
……しまった。
火の球が、詠唱もなく、俺の掌に浮かぶ。
「……え?」
ミリィの目が、丸くなる。
「い、今……詠唱、してませんよね?」
「……うん」
完全にやってしまった。
「ええと……その……」
言葉に詰まっていると、エアリスが一歩前に出る。
「ミリィ、驚くよね。でもね」
エアリスは真剣な表情で続けた。
「ルーメンは、無詠唱魔術が使えるの。でも、本人あんまり自覚ないし、内緒なんだ」
「……え……」
ミリィは俺とエアリスを交互に見る。
「そ、そんな……」
「ごめん。驚かせた」
正直に頭を下げると、ミリィは慌てて手を振った。
「い、いえ! すごいです!すごすぎて……」
少し黙ってから、ぎゅっと拳を握る。
「……でも、内緒にします。約束します」
その真剣さに、胸の奥が温かくなった。
「ありがとう」
気を取り直して、俺は改めて詠唱する。
「火の力よ、我が所に集めたまえ……ファイヤーボール」
今度は、きちんと詠唱をして火球を生み出し、川へと放った。じゅっと音を立てて、水面が揺れる。
「初位の魔術だから、詠唱も短い。ミリィ、やってみよう」
ミリィは深く息を吸い、目を閉じる。
「……火の力よ、我が所に……」
一度、失敗。二度目も、魔力が散る。
「大丈夫。焦らなくていい」
三度目。四度目。そして……
「……あ」
小さな火の球が、ふわりと浮かんだ。
「できた……!」
ミリィの声が弾む。
「できました! ルーメン!」
「うん。ちゃんとできてる」
エアリスも拍手する。
「すごいよ、ミリィ!」
ミリィは何度も頷きながら、火球を見つめていた。
「……感覚、少し分かりました」
その表情は、達成感でいっぱいだった。
「じゃあ、その感覚を忘れないうちに、もう何回か」
「はい、ルーメン先生!」
その呼び方に、思わず苦笑する。
「先生はやめて」
「えー、でも……」
「友達でいいから」
「……はい、ルーメン」
その言い方が、少しだけ照れくさそうで、でも嬉しそうだった。
川のせせらぎを聞きながら、三人で魔術を繰り返す。失敗しても、笑って、また挑戦する。そんな時間が、ゆっくりと流れていった。
何度か魔術を繰り返したところで、ミリィの動きが少し鈍くなった。
「……あ」
火の球が、途中で霧散する。
ミリィはその場にへたり込み、苦笑いを浮かべた。
「……だめです。もう、魔力が……」
「うん、使い切ったね」
俺はすぐにそう判断した。
「初めて火属性をここまで使ったんだ。十分すぎるよ」
「ほんとだよ」
エアリスも川石に腰を下ろす。
「私、最初は一回出すだけでふらふらだったもん」
ミリィは川の水を指先でそっと掬いながら、息を整えていた。
「……魔術って、思ってたより、体力使うんですね」
「うん。魔力は体と心、両方使うから」
そう言うと、ミリィは静かに頷いた。
「……でも、楽しいです」
その言葉が、素直で嬉しかった。三人で並んで、しばらく川を眺める。水の流れる音が、耳に心地いい。
「ミリィってさ」
ルーメンが、何気ない調子で聞く。
「水魔術、どこまで使えるの?」
「中位の……ウォータースプラッシュまでです」
「すごいね」
「でも、安定しなくて……」
ミリィは少し恥ずかしそうに続けた。
「水は出せるんですけど、思ったところに飛ばなかったり、量が多すぎたり……」
「それは慣れだよ」
俺は頷く。
「水は感情と繋がりやすい。焦ると暴れるし、落ち着くと素直になる」
「……なるほど」
ミリィは、自分の手を見つめる。
「だから、私、家だと上手くいかないのかも」
「家?」
ルーメンが首を傾げる。
ミリィは少し迷ってから、ゆっくり話し始めた。
「……うち、農地を持ってて。すごく広いんです」
「知ってる。エアリスから聞いた」
「はい。作物を育ててて、人も雇ってて……」
川の水面を見ながら、言葉を続ける。
「両親は忙しくて、昼間はほとんど家にいません。畑仕事が遅くなる日は、夜も帰らなくて……」
ルーメンが、そっと言った。
「……寂しい?」
ミリィは一瞬黙って、それから小さく笑った。
「……慣れてます。でも」
少しだけ、声が低くなる。
「誰かと話したり、遊んだりするのは……やっぱり、嬉しいです」
その言葉に、胸の奥が静かに締めつけられた。
「お兄さん、いるんだよね」
俺がそう言うと、ミリィは顔を上げた。
「はい。ファムルって言います。もう大人で、家を継いでます」
「優しい?」
「……優しいです。忙しいですけど」
そう言って、少しだけ微笑む。
「閑散期には、遊んでくれます」
エアリスが明るく言った。
「じゃあ、今度は私たちが遊び相手だね」
「……はい」
ミリィの返事は、少し弾んでいた。
「今日は、もう無理しないで」
俺は立ち上がり、手を差し出す。
「明日から、また少しずつ。風とか、土とか、回復魔術も教えるよ」
「……ほんとですか?」
「うん」
「……ありがとうございます」
その声は、心からのものだった。
川辺を後にする頃、ミリィは何度も振り返っていた。
「……また、来たいです」
「また来よう」
エアリスが即答する。
「うん。三人で」
夕暮れの光が、水面を橙色に染めていた。この時間が、ミリィにとって、そして俺たちにとっても、新しい「居場所」になり始めている気がした。
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